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※カーマイン猫+子供化です。




愛しさが胸に拡がるのと、
毒が身体を侵すのは何処か似ている。




それは拡がる毒のように






「・・・・おい、起きろ」

傷が治るまではベッドを貸していてやろう、と寝椅子で身体を縮込ませながら眠っていた男は、
一つ伸びをしてからそのベッドを明け渡した子供の小さな肩を揺する。珍しく、傷に障らないようになどと
気を遣いながら。しかし、力を抜いての優しい起こし方では眠りの深い子供を起こす事は出来ない。
肩に触れる大きな手から逃れるように幼子はころりとベッドの上を転がった。

「・・・・・・・・・・・やれやれ」

形だけの溜息を吐いて、男はゆっくりと口の端を持ち上げる。
きしりとスプリングを軋ませて、すうすうと眠っている幼子に影を落とすよう乗り上げた。
それからシーツに頬を摺り寄せる幼子の丸みのある顎を掴んで上を向かすと、空いた片手で筋の通った鼻を摘み
仕上げに柔らかな唇を己のそれで以って塞ぐ。ぴったりと息が出来ないように隙間なく。
最初の10秒ほどは無反応だった組み敷かれた小さな身体も20秒を超えるとがくがくと震えだす。
目覚めは近い。それが分かったが男は口を離さない。どころか、無抵抗な幼子の口腔に濡れた自分の舌を
押し付け、音が鳴るほどに淫らに犯す。

「・・・・・・・ん・・・ふぅぅ・・・・?」

容赦なく舌を絡められ、息を止められ、ぎゅうと目を閉じていた幼子も流石の苦しさに目を醒ましたらしく、
鼻にかかる甘い声を漏らした。全力でその息苦しさから逃れるために上にいる男を引き離そうとしているが何処から
どう見ても幼子と男では子供と大人。当然力では適う筈もない。更に深く口の内を蹂躙され、幼子は意識を
失いそうになる。しかしその瞬間を見越していたかのように男は身体を離した。ようやく解放された小さな身体は
自分から退いた男など視界に入っていないのか、ただ懸命に失った酸素を取り戻そうと深呼吸を繰り返す。
激しく上下する平らな胸を見遣りながら男は焦点のあっていない幼子の色違いの瞳へと身を乗り出し、金と銀の
色合いに自分の姿が映っているのを確認すると、ふんわりと紅色の冷たい瞳を細めて微笑んだ。

「目は覚めたな?」
「・・・・・・ふ・・・・っく・・・・・」
「・・・・・・・返事は?」

苦しさから解放された安堵からか、それとも己にそんな苦しみを与えた男に恐怖したのか返事もなく泣き濡れる幼子に
男は優しくする気配もなく、それどころか幼子の弱点である尻尾を緩く自分の腕に巻きつけながら返事を促す。
ほんの少し触れられるだけでも身体にぞくぞくと這い上がってくる甘い痺れに堪え切れぬ幼子は、大きく首を縦に振った。
本当ならば上ずっているであろう声を聴きたかった男ではあったが、苛めすぎも良くないかと判断し、仕方なく納得する。
それからやや怯えの浮かぶ幼子の眉間を指の腹で撫で、滑らかな頬を下る涙を慰めるように舐め上げた。

「・・・・・・・あっ・・・・」
「顔がぐしゃぐしゃだな。洗って来い、カーマイン」
「・・・う、うん・・・・・」

ぐしゃぐしゃになるほど泣かせた張本人からの言葉に異を唱える事もなく、幼子―カーマインは顔を洗うために
起き上がり、素足には少し冷たいフローリングへと着地する、つもりであったのだが、どうにも足に力が入らず着地と
いうよりは床に落ちた。べったりと腹を床に着け間の抜けた格好になる。その姿をじっと緋色の視線が追っていたが
原因に気づいて立ったまま動こうともしなかった男は身を屈ませた。次いでぽつりと呟く。

「・・・・・腰砕け、か」
「・・・・・・・・・・?」
「もう少し免疫をつけといた方が良さそうだな」
「・・・・・・・・・な、に・・・・」

どうやら先ほどのキスで足腰に力が入らない様子のカーマインを片手で抱き起こすとお礼を言いかけた小さな口を
言葉ごと飲み込むようにして先程よりは多少加減して塞ぐ。ぺろりと触れ合った唇を男が舐めれば、細身の身体は戦く。
その可愛い反応に口角を持ち上げ、男は一度顔を離す。

「目を閉じろ、カーマイン」
「・・・・な・・・で・・・・?」
「それが礼儀だ」
「・・・・・・?・・・・・うん、分かった、アーネスト」

息を軽く弾ませ、言葉の意味は解せずとも素直にそうのたまったアーネストに従いカーマインは神秘的な異彩の双眸を
上に何か物でも乗りそうなほど長い睫で覆い隠す。それを確認してからアーネストは再び少しだけ唾液に濡れている桜色の
唇へ自分のそれを重ねた。それから間髪なく舌を入れ、奥で逃げ回る自分のより一回りは小さいそれを捕らえ吸い上げる。
けれど今度は息が出来るように時折離してやりながら。カーマインに慣れさせるように、口付けては離し、離しては口付ける。
初めは短かった口付けは、回を増すごとに深く長くなっていく。

「・・・・・・ぁ、・・・ふぁ・・・・・ん、ん」
「・・・・もっと力を抜け。それから逃げるな」

舌を絡ませろ、と低く腰に響く声をカーマインの頭上の耳へ吐息と共に吹き込めば尻尾の次に弱い箇所への刺激に
カーマインの目尻には再度雫が浮く。つられるようにして薄く開いた口端からどちらのものともつかない唾液が筋を描く。
綺麗な首筋へと垂れていくそれを顎からアーネストは舐め上げていくと、もうフラフラになっているらしいカーマインの痩身を
抱き留め担ぎ上げた。

「今日のところはこの辺にしておいてやろう」
「・・・・・・・・あぅ・・・・・」
「さて、汚れた顔を綺麗にしないとな」

汚させたのは己だが、そんな事は知った事かと棚に上げてアーネストは担ぎ上げたカーマインを洗面所へと運ぶ。
それから宙に浮かべた状態でカーマインに顔を洗うように促す。アーネストの腕の中で息を整えていたカーマインは
チラと一瞬アーネストの冷たく映る無表情を視線に捉えてから蛇口へと手を伸ばす。手近にあった石鹸を紅葉のような
手の中で泡立てると顔を洗い始める。ぱしゃぱしゃと軽やかに響く水温と共にしぶきが多少なりとカーマインと彼を
背後で支えているアーネストに掛かったが、まあアーネストは気にしない。何故かといえば、上に何も纏っていないから。
どんなに外が寒かろうが上着を着ないで寝るのが彼のポリシーだった。理由は色々とあるが一番の比重を占めるのが、
わざわざ夜着に着替えるのが面倒くさいという事。職場では生真面目などと言われてはいるものの実際は結構大雑把な
性格なのかもしれない。濡れた自身の剥き出しの腕とカーマインの顔をタオルで拭くと、ぷらぷらと浮いたカーマインを
床に下ろす。

「よし、次は着替えだな」
「あぃ。アーネストも!」

上着を纏ってないアーネストに何処か勝ち誇ったようにカーマインは声を高くするものの、言われたアーネストの方は
残念でしたとでも言いたげに肩を竦める。それから意地悪く口元を歪めて。

「残念。俺はこれからシャワーを浴びるんでな、着替えはいらない」
「・・・・・・!」

揶揄いを交えた言葉にカーマインはガーンという音でも聞こえそうなほど眉根を寄せてしょんぼりした顔を垣間見せる。
その顔は中々新鮮でアーネストは益々笑みを深くした。それに比例してカーマインの眉根は更に寄り、それだけに留まらず
不機嫌そうにぷくっと頬が膨らむ。いかにも子供といった表情。いっそらしすぎて愛らしいほど。アーネストは誘われる
ままに膨れた頬をむにと摘んだ。左右に引っ張る。そうすれば当然痛い。カーマインの瞳は潤む。アーネストは嬉しそうに
切れ長の瞳を和ませた。カーマインの泣き顔は可愛らしいから。

「お前は直ぐ泣くな」
「ふにぃ~」
「・・・・・・可愛い」
「・・・・・ふぇ?」
「もっと泣いて見せろ」

ことりと不思議そうに細い首を傾いだカーマインに鬼畜としか言い様のない台詞を吐きつつも、アーネストの不健康な
顔色には彼にしては珍しくとても柔和な笑みが滲んでいた。だから、言われた当人であるカーマインにはその言葉が
少なくとも酷いものには思えなかった。きょとんと元から大きな目を更に大きくして目前の綺麗な微笑を見つめる。
すっかり涙の止まってしまったカーマインにアーネストは表情を元の無表情に戻す。僅かに不満を乗せて。
けれど、泣き顔もいいがきょとんとしたあどけない表情もそれはそれで愛らしいと損ねた機嫌を修復し、まだ何処か
呆けているカーマインのピンと立った耳を軽く引っ張る。途端に。

「ひゃぁっ」

上がる悲鳴。白い肌は一瞬にして紅く染まる。その様子をもう暫く見ていたくてアーネストの長くてしなやかな指先は
ひくひくと動いている漆黒の耳を撫で擦った。さっきとは違って何処か愛撫するようにゆっくりと舐めるように。
そんなアーネストの思惑通りカーマインは弱点を責められ、身体を火照らせながら、悶え啼く。

「・・・は、・・・・ぁあ・・・・ふ・・・・くぅ、ん」
「・・・・・・悦い声だ」
「も、・・・んっ・・・・やぁ・・・・」
「ああ、また泣いたな」

何処となく嬉しそうな呟きと共にアーネストの指先はカーマインの耳から離れる。その代りに額や瞼、頬へ
雨のように薄い唇が降ってきた。意地の悪さと優しさを交互に織り交ぜてくるアーネストの振る舞いにカーマインは途惑う。
どちらを信じればいいのかと。そうやってカーマインが己を計りかねて困っているのを知っていてアーネストはまた
悪人では到底出来なそうな温かい瞳で見遣ってくる。カーマインの途惑いは更に深まった。おろおろと金と銀の瞳が
落ち着きなく彷徨う。その様子が愉快だと言わんばかりにアーネストはカーマインを観察している。

「・・・・お前は見ていて飽きんな」
「・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

するりと頬へと手を添えて、なぞるように顎へと移動させると小さな子供はころころと喉を鳴らす。
それに合わせるようにカーマインが一番喜ぶ所作、顎をアーネストは撫でる。擽ったそうに、気持ち良さそうに
軽い笑い声が響く。聞けば聞くほど、見れば見るほど引き込まれる、笑み。本人からすればそんな気など
微塵もないのだろうが、まるで誘っているようにカーマインはアーネストを惹き寄せ、囚える。
そして四肢を毒が侵すように、凍ったアーネストの胸に愛しさがゆっくりと拡がった。
微笑が邪笑に切り替わる。音もなく、そっと。

「・・・・・・アーネスト?」
「・・・ああ、何でもない。それより、お前も一緒に風呂に入るか?」
「・・・・・・・・・・ふぇ?」
「物は次いでだ。俺が洗ってやろう」

嫌か?とあまりにも分かりやすい邪心を平静な顔つきで巧妙に隠しながら問えば、そんな下心などさっぱり分かっていない
無邪気な幼子は特に何も考えず是と返す。元気のいい返事にニヤリとあまり宜しくない笑みを携え、アーネストは
お風呂を純粋に楽しみにしているらしいカーマインの軽い身体を抱き上げると、洗面所の直ぐ隣に位置する浴室のドアへと
手を掛け、タオルと着替えを手にするとパタンと静かに後ろ手にドアを閉めた。

その数分後。
シャワーの水温と共に幼子の助けを請う悲鳴と艶を帯びた嬌声が響いた事は館の主しか知らない。
憐れな事に愛らしい幼子に注がれるのは、四肢を侵す毒そのものな歪んだ愛情だけ、だった―――






fin




リクは黒アニーx猫主で「アニーが猫主を可愛がって(?)啼かす」という
ものでしたが書けば書くほどアニー氏の鬼畜振りと手の早さが上がっていくのですが
どうしたものでしょう(訊くな)むしろ彼の愛は毒そのものというか身体に悪そうです。
お風呂場で何があったかはもうほぼご想像通りの事が(え?)その詳細は裏を書く事があれば
書こうかなと思います(おい)何はともあれしっかりリク内容を外しておりますが(殴)繭美様に捧げます。
えー、絶賛返品推奨です~(カエレ)

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※カーマイン猫+子供化ですよ。




世界が歪んでいる。
歪んだ世界に生きる己もまた、歪んでいる。
今更、真っ直ぐになどなれない。



そう、信じていた――――














国の重鎮ともなれば、命を狙われる事も度々ある。
故に自邸に帰る岐路にて、草葉の茂みが音を立てた瞬間、刺客だと思った。
条件反射で、無様にも音を立てた刺客が隠れているであろう茂みへと抜き放った剣先を向ける。
そして低く、鋭い声で言い放つ。

「そこにいる者、さっさと出て来い」

早くせねば斬るぞと急かして。どちらにしろ刺客なら斬るつもりであるのは表面に出さないが。
しかし待ってみても、茂みからは誰も姿を現さない。その存在を既に気づかれているというのに。此方が覗き込みでもして
隙を作る機会でも窺っているのか、それともただ単に臆病なだけなのか。考える時間も勿体無い。
相手が出て来ないのなら、これ以上手間を掛けさせられる前に此方から行動に出るべきかと判断し、先に牽制しておいた通りに
何者か隠れている茂みへと太刀を振り下ろす。風切り音と葉擦れ音が混じり、今まで草葉に覆われていた部分が剥き出しになる。
だが、そこに在る筈の影も吹き出るべきの彩りもない。一太刀で、殺した筈だった。けれどそこには誰もいない。

「・・・・・・・・?」

逃げられたか?
自問してみる。しかし、それはすぐに打ち消された。
己の存在すら隠せなかった粗忽者が、自分に気配を悟らせずに姿を消せる訳がない。それは絶対の自信。
驕りでもなんでもない。自分は他人の気配を察する事、またその逆に自分の気配を消す事は誰よりも得意としているのだから。
そうでもなければ、今自分は国に於いて最高に栄誉ある騎士―インペリアルナイト―の座になど就けなかった。

ほんの少し、荒れていた時の自分を思い出す。何の志もなく、何もかもに驕りを持っていた愚かであった自分の事を。
いや、違う。愚かであった、ではない。未だに自分は愚かだ。それを識っているし、理解もしている。
歪な世界に生きる、歪な者。それが自分だ。思わず、嘲笑が漏れ出た。命を狙われているかもしれない時にそんな事を
考えている自分に対して。この、危機感のなさ。こんな時、もしも殺されたら、国中のいい笑い者になるだろう。
そんな事、御免だ。気を引き締める。辺りを観察した。そして気づく。音の正体、延いては自分の落ち度に・・・・・。

「・・・・・・・・行き倒れ、か・・・?」

血の色、と呼び称される視線を足元へと下ろせば、茂みで音を立てた正体であろう者を見つける。
出て来いと告げたところで出てこない筈だ。音を立てた者は、うつ伏せになっている上、古びた外套を羽織っているため、
窺えぬがどうやら意識はないらしい。助けを求めようとして力尽きた、そんなところだろう。もしかすれば、最早絶命して
いるかもしれんなと思いつつ、倒れている人物の外套を剥ぎ、顔を窺おうとした、けれども。

「・・・・・・・何だ、これは・・・・・・・・・」

外套を剥げば、見慣れぬものが姿を現した。一見すれば黒髪の小柄な子供。しかしそれに可笑しなものがついている。
頭上にはぐったりと垂れた、人間にあるには不自然な、まるで猫のような獣耳。対して腰には長い尻尾が揺れていて。
非常識な夢でも見ているのではないかと思った。確認のため揺らめく尻尾を引っ張ってみる。ただの装飾品かもしれぬと
思っての事だ。だが、かなり強めに引っ張っても尻尾は取れない。それどころか、幼子が悲鳴にも似た呻き声を上げた。
どうも神経がちゃんと繋がっているらしい。という事は、馬鹿でも分かる。この尻尾は本物、という事だ。
では、この子供は一体何なのか。考えて、不意にいつか見た古い文献に書かれていた言葉を思い出した。

「・・・・・キメラ・・・・?」

人間と獣とを故意に合成させた、この世に在ってはならない生き物。
自然の摂理に反し、神への冒涜とも言えるその行為の創造はもう、数世紀も前から禁じられている筈だ。
しかし、自分の持ち得る知識の中ではそれしかこの、獣の耳と尻尾が生えた子供の存在を言い表せない。
勝手に創り出され、それが露呈すれば見世物にされるか殺されるだけの、存在。
情けなど、他人に掛けた事は片手で数えるほどしかないが、この気を失っている幼子がとても哀れに思えた。
故に普段なら抛って置くところだが、見兼ねて抱き上げる。あちこちに擦り傷を負った小さな命を自邸へと招き入れる事にして。





◇◆◆◇





自邸に辿り着くと、その足で寝室へと直に向かう。傷だらけの小柄な身体をベッドへと横たえた。
本来ならば、倒れていた事だし、医者にでも診せた方がいいのだろうが、相手は推測の域を出ないとはいえ、明らかに
異質な存在だ。迂闊に外へ出すわけにも行かない。命を救うどころかすぐさま殺される事だって考えられる。
そんな事は常ならば気にしない事だった。誰が死のうと興味など持たず、勝手に死ぬ方が悪いのだとそう思って。
命の尊さも有難みも、重さも自分は何も理解していない。今更だがそれを自覚する。なのに何故この子供は助ける気に
なったのか。異端な存在だからか。それとも寝顔があまりにもあどけないからか。分からぬが、いくら考えたとしても
きっと答えは出ない。ならば、考えるだけ無駄だと疑問は頭の中から追い出し、それよりもと子供の傷の手当てに入る。

基本的に戦闘中に己が怪我を負う事などないため、士官学校時代に習った蘇生術や手当ての作法は無意味だと
思っていたが、こんなところで役に立つとは思わなかった。泥に塗れた肌をぬるま湯で浸したタオルで拭い、擦り傷は
オキシドールで消毒し、絆創膏を貼り付け、少し深い傷は消毒した後、薬をつけ、ガーゼを当て包帯を巻く。
キュアでも唱えれば一発で治ってしまいそうな軽症だが、キュアは意図的に人体の自然治癒力を活性化させるという
いわばかなり即効性の薬のようなものだ。多用すれば身体に悪い影響が出る。なのでこの程度の傷で使うわけにもいかない。
多少面倒ではあるが、キュアを使わずに手当てを施す。休みなく手を動かし、怪我の手当てが終わるとようやく一息吐いた。

それから改めて眠っている子供の顔を見れば、先ほど見た時はあどけない、と感じた寝顔がよくよく見ればそれだけでもない事に
気づく。子供特有の丸み掛かった輪郭は仕方ないとして、閉ざされた双眸を縁取る睫は頬に影を落とすほどに長く、瞼に至っては
滅多に見ない三重、鼻梁は高く綺麗に筋が通り、ふっくらとした頬や唇は桜色を乗せている。おまけに漆黒の濡れ色の髪に
相反するように肌の色はどこまでも白い。一言で言い表すのなら、美貌と言える整った顔立ちをしていた。

「・・・・・何者だ?」

人間ではない事は確か。けれどキメラでもないだろう。この美貌は人間の手では創れる筈もない。その存在を信じた事など
一度もないが、この奇跡的な顔立ちは神以外に創れはしない、そう感じる。それこそ絵空事の中にしか存在しない天使か悪魔の
類のように。それにしては獣耳と尻尾は不釣合いな気がしてならないが。まあ、何にせよどうでもいい事だ。しかし、不意に
あまりにも静かすぎる幼子の寝息が気になって、柔らかな唇へと指先を伸ばす。僅かではあるが、ちゃんと呼気は感じられる。
我知らず、安堵した。そして安堵した事に疑問を抱く。自分は他人を気に掛けるような優しい人間ではないのに。こんな、会った
ばかりのしかも口一つ利いていない子供の事を気にするとは。あまりに可笑しかった。口元に嘲笑にも似た笑みが浮かぶ。

俺に、優しさなんて似合わない

小さな口元に触れている指先で、無防備な唇をなぞる。そのまま中指を引き結ばれたそれに無理やりこじ開けるようにして忍ばせた。
唾液が絡んで粘着質な音を立てる。幼子の眉間に苦しそうに皺が寄った。その顔を見て、うっとりと瞳を細める自分がいる。
何をしているのか、自分でも疑問を抱く。それでも指の動きは止まらず、無意識にであろうが逃げ回る小さな舌を捕らえ、弄った。
また苦しそうにあどけない白皙の面が歪む。それが可愛らしく感じるのは、相当に自分自身が歪んでいる証拠ではなかろうか。
一際強く口腔の指先を蠢かすと、微かな呻きと共に幼子は厳重に閉ざしていた瞳を開いた。

「・・・ん・・ふぁっ・・・・」
「・・・・・・ッ!」

思わず、目を剥く。まだ何処か夢心地のぼんやりとした眼差しが、見た事もない彩を宿している。
右目が金に左目が銀。ヘテロクロミアという世にも稀な異彩の双眸。自身のアルビノの瞳も珍しいと言われてはいるが、
ヘテロクロミアはそれ以上に珍しい。魂を吸い込まれそうなほどに澄んだその瞳から、目を逸らせない。
結局、完全に覚醒した幼子が声を発するその時まで俺は何も出来ず、立ちすくんでしまっていた。

「・・・・・ぁ・・・・だぁれ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

不思議そうに細い首が傾ぐ。漆黒の髪が軽やかな音を立てて流れる。鈴の鳴るような可愛らしい声が鼓膜を打つ。
どうやら、自分の身に降り掛かっていた事態には気がついていないらしく、無垢な視線を一心に俺へと注いでくる。
そのあまりにも真っ直ぐで澄んだ瞳が、自身の濁りかけた瞳には眩しく映った。顔を逸らす。そうすれば、幼子は手当ての跡が
痛々しい小さな手を伸ばし、俺の腕を掴む。あまりに弱く儚い力。けれど、俺以外の人間が表現すればこれはきっと
とても優しい力、と言ったところなのだろう。自身の歪みを改めて再認識する。そんな俺に止めを刺すように幼子は屈託もなく言う。

「・・・・・大丈夫?何処か痛いの・・・・?」
「・・・・・・・・ッ・・・・・・」

心配そうに俺を見上げ、手にしている腕を気遣わしげに撫でてくる。自分こそが怪我をしているというのに。
随分とお人好しな子供らしい。此方の毒を抜かれてしまうくらいに。とは言え、自分にはそんな子供に優しくしてやる事は出来ぬが。
居心地が悪くなり、掴まれた腕を些か乱暴とも言える荒さで振り払う。

「・・・・・あっ・・・!」

腕を払われ、子供は元々大きな瞳を更に見開く。零れ落ちるかと思うほどに。しかしそれも当然だろう。初対面の人間相手に
親切にしたにも拘らず悪態を取られているのだから。大人であれば多少は理解も出来るだろうが、見たところ4、5歳前後の
子供には自分が一体何をされたかすら理解は出来ないだろう。下手をすれば泣き出すかもしれない。そうなれば、面倒だと
そんな事を考えている自分がいる。本当になんて身勝手な男なのだろうか、俺という男は。分かっていても顔に貼り付ける
鉄面皮は子供相手だと言うのに取り払われる事はない。子供の色違いの瞳が揺れた。ああ、どうやら泣くようだ。面倒くさい。
そう思い眉を顰めた。けれど。

「・・・・・ごめんなさい」
「・・・・・・何?」
「・・・・嫌、だったんでしょ。ごめんなさい」

ぺこりと小さな頭が下を向く。ヘテロクロミアを見た時以上の衝撃を受ける。どう見ても自分とは15は年が離れているだろう
子供の方がよほど自分よりも大人だ。滅多に崩した事のない無表情が今だけは、驚きに滲んでいるのを感じる。同時に
押し寄せてくるのは羞恥。自身の子供染みた心が忌々しく思えた。その際に顰められた眉を自分に向けられたものだとでも
思ったのか幼子は先ほど以上に瞳を揺らし、か細い声で「ごめんなさい」と呟く。何とも健気なものだ。それを見て、ほとんどないに
等しい自身の良心が疼く。意図するでもなく、手が出た。

「・・・・・・え?」
「・・・・お前が悪いわけではない。勝手に謝るな」

もっと優しい言い方は出来ないのか、俺は。そうは思うが、優しい言葉を口にする自分は非常に自分らしくないとも思える。
故に妥協点として、途惑っている幼子の頭を撫でた。なるべく、優しく。それからついでのように目に付いた耳に触れる。
するとそこは弱点だったのか、幼子は子供とは思えぬ妙に艶のある声を上げ、身を捩った。

「・・・・・ん、ぁ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「触っちゃ、だめぇ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

顔を真っ赤にして、そんな事を言われれば逆らいたくなるのは俺だからか、それとも人の性か。
どうも触られるのが嫌そうな耳を、もっと強く触れる。そうすれば、幼子は擽ったそうに、そしてまるで愛撫でもされてるかのように
恥らう。その顔が気に入って、手だけでは済まず、自身の唇で柔らかく食む。まだ名前も知らない、小さな子供相手に。
そこで気づいた。ああ、そうだ。

「お前、名は何と言う」
「・・・・・・・・・ふにゃ?」
「だから、お前の名前だ」

猫のような声を上げ、顔を真っ赤にし、大きな瞳に涙を浮かべながら、俺から守るように耳を押さえている子供は名乗る事を
何故か渋る。警戒されているのだろうか。まあ、無理もない。辛抱強く待ってもいいが、時間を無駄に浪費するのも勿体無い事だ。
時間節約と、先ほど見せた目を惹く顔見たさに両耳を押さえるために上に固定された腕を見て笑い、がら空きなもう一つの急所で
あろう尻尾を掴む。予想通り小さな身体はその衝撃に跳ねる。

「ひぁ!」
「名前を訊いている」
「・・・・はな、して・・・・やぁっ・・・・」
「だから名前は?」

尻尾を掴む腕に力を込める。幼子がついに涙を零す。嗜虐心を呼び覚ます何とも可愛らしい表情。
苛めてしまいたくなる。その心のままに口元を歪め、意地の悪い視線で怯えるように震えながら泣く子供を射抜く。
目に見えて大きく幼子は震える。畏怖の心を露にしたままに、ようやく口を開いた。

「・・・・・・・・・・イン」
「・・・聞こえんな」
「・・・・カーマイン」
「カーマイン、か。最も美しい紅の色だな」

確かに、血のような紅を纏えばより美しさを増すように感じる。けれど、血を流させたいとは思わなかった。僅かに震える頬を
伝う涙を唇で拭ってやる。塩辛い。驚いた双色の瞳とかち合う。

「・・・・そう、怯えるな。何も取って食いはしない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「何だ、俺の言う事が信じられないか?」

俺の白々しい台詞に途惑う幼子―カーマインに更に白々しい微笑を浮かべて言葉を継げば、今し方酷い目に遭わされたと
いうのにカーマインは細い首を折れそうなほど激しく振る。その何処までも素直で純粋な様に何とも言えぬ歯痒さが込み上げた。
自分にはないものを全てこの子供は持っている。羨ましいとは思わぬが、好ましいとは思う。まだ涙の跡が残る頬に指先を
這わす。今度は安心させるように。触れられた直後はびくりと肩を跳ね上がらせたカーマインも段々と力を抜き、やがて俺の手に
自ら擦り寄ってくる。いっそ単純とすら思えるほど素直。本当はもう少し色々と困らせてやろうかと思ったが、止めた。

「お前、そういえば何故傷だらけで倒れていた?」

困らせる代わりに疑問を投げかける。それに対し素直な子供は、自分の身体を見て、そこで初めて手当てをされている事に
気づいたようで顔を真っ赤とは言わずとも朱色に染めて言う。

「・・・・・あなたが僕を助けてくれたの?」
「ああ、一応な。それにしてもあなたは止めろ。気色が悪い」
「・・・・・・・・?・・・・・でも・・・・」
「アーネストという名がある。そう呼べ」

普段部下に対するように威圧しながら硬い声で告げれば、カーマインは迷いながらも健気に頷く。
それから今までずっと見せなかった笑みを口元に履く。その、可憐さは何とも言えない。相手は子供だと言うのに、欲を煽られる。
物や人物に対し、対して執着や欲など持たなかった筈なのに、このあどけなく笑う、純粋無垢な子供を自分のモノにしたくなった。
肉食獣が、獲物に舌なめずりをするように自分の唇をゆっくりと舐める。カーマインは首を傾げた。何も知らない無知で無防備な
愛らしい生き物。忘れかけていた何かを愛しいと思う心が戻ってくる。

するりと僅かに乱れたカーマインの髪を梳く。それから気持ち良さそうに細められた瞼の上に口付けて、頼りない背中へ腕を
回し自分の膝上へと抱き上げる。適当にあやしながらも先ほど有耶無耶になってしまった疑問を再度投げかけた。

「カーマイン、改めて訊くがお前は何故傷を負い倒れていた?」
「・・・・・ん、と。僕・・・・ワザワイの子、なんだって・・・・・」
「災いの子、か」
「・・・・・・・だから、前に住んでたところでここにいちゃいけないって言われてそれで・・・・・・」
「・・・・・もういい」

全て聞かなくても、分かる。自分も生まれてきた時に同じような事を言われた。紅い瞳は死と呪いを彷彿とさせると。
そんな自分にはどうしようもない事で責められた。それからか。俺が今のように歪んだ、捻くれた性格になったのは。環境が人間を
育てるとはよく言ったもの。いや、しかし。この目前の子供は恐らく俺と同じ環境に過ごしながら直向きな素直さを残している。
持って生まれたものが違ったのだと、そう思う。更に愛しさと、例え傷つけてでも自分の事だけを思い、考えるようにしてやりたいと
いう凶悪な独占欲が湧き上がってくる。再び、すぐ目の前にある頭上の耳を食んだ。

「あぅ!」
「悦い声で鳴くなお前は」
「・・・・・・・・?」
「分からなくていい」

少なくとも、今は。
耳慣れぬ言葉、というよりも意味が通じなかった発言にカーマインはまた耳を押さえながらも、俺を遠巻きにする事もなく、
きょとんとした顔を向けていた。本当に何処まで純粋なのか。一から調べたくなる。あくまでなるだけ、だが。
それよりもと自身に銘打って。

「お前、行くところがないのなら俺が面倒を見てやろう」
「・・・・・・・・でも・・・・・ひゃぅ・・・・っ」

遠慮しようとする子供らしくない子供の尻尾を引っ張る。本当に、ここだけはどうも弱いようで直ぐに泣き出した。
実に分かりやすい。

「・・・・人の厚意は素直に受け取っておけ」

否定は許さないとばかりに握り締めた尻尾をカーマインの目の前で揺らしてやれば、ぐすぐすと泣きながらもカーマインは
何処か必死に何度も頷いた。それを見て尻尾を放してやる。それから褒美のつもりでこめかみに口付けて、本物の猫が最も
喜ぶ顎を軽く撫でた。途端についさっきまで泣いていたカーマインは嬉しそうに蕩けた表情を垣間見せる。飴と鞭のようだ。
上手く使い分ければ、この素直さなら手懐けるのもそう難しくはないだろう。暗い笑みを浮かべる。そんな事を俺が考えているとは
知らない、ある意味幸せな幼子は暢気に微笑み返してくる。

「ありがと、アーネスト」
「・・・・・・・?何がだ」
「僕を助けてくれて、僕を見捨てないでくれて・・・・僕を怖がらないでくれて」

最後の言葉は寂しげに。前に住んでいたところ、とやらでどんな扱いをされていたか容易く想像出来てしまう。
身体の傷の具合から見てもそれは明らかだ。よほど、差別的な扱いをされ、辛い目に遭ったのだろう。それが哀れで愛おしくて
今度ばかりは何の邪心もなく、頭を撫でていくとカーマインは本当に嬉しそうに笑う。その顔を見ていると、ずっと、それこそ
永遠に真っ直ぐになる事などないだろうと思っていた己の歪んだ心根がほんの少し、本当に僅かに歪みが正されていくような
気がする。そんな事、ありえないだろうに。けれど、そうは思っても胸が何処となく温かい。そして唐突に気づく。

ああ、この子供は自分と真逆でありながら、とてもよく似ているのだと。
片や純粋無垢、もう片やはとんでもなく歪んだ捻くれ者。けれど、お互い孤独なのは一緒。
隣りで、己に対し怯えぬ者を、離れて行かぬ者をずっと求めていたのだと。
心の奥でこの歯痒いまでの温かさを欲していたのだと。

気づくと声を立てて笑いたい衝動に駆られる。何故今まで気づかなかったのか。甚だ疑問なほどに。
けれども、やはり声を立てて笑うのは自分らしくない気がし、喉をクツクツと鳴らすに留めた。そして相変わらず呆けた風に
大きな異彩の瞳を瞬かせているカーマインの弱点である耳に直接声を落とす。

溺れるほどに愛してやろう

傲慢にすら響く言葉に返ってくるのは、一瞬驚いた色違いの眼差しと、途惑いながらも小さくはにかむ桜色の唇。
その愛しさに、生まれて初めてかもしれぬ、作り笑いでもなく、嘲笑でもなく、本当に心からの微笑を自らの口元に刻んだ。






世界が歪んでいる。
歪んだ世界に生きる己もまた、歪んでいる。
今更、真っ直ぐになどなれない。



そう、信じていた。


けれど。

可能性は0ではないのだと、

初めて、知った―――






fin




リクは黒アニーx猫主という事でしたので微妙に本館の白アニーx猫主と設定を
変えつつも出会い編を書かせて頂きました。長めの方がよいとの事でしたのでやや長め?
ですかね??別に黒アニーさんはお稚児趣味ではございません(笑)
気に入った相手に対し何処までも躊躇いがなく、手が早いだけです(嗚呼・・・・)
何はともかく華盛様、リクエスト有難うございましたー。リテイクもバッチこーいです(コラ)



アイノコトバ




「死が二人を別つまで・・・・?随分とぬるい事を言うな」

パラパラと小説を捲っていた細い指先が止まったかと思えば、紡がれた低い声にカーマインは驚いた。
それは内容が突拍子もない事だった事もあるが、それ以上にあまりの不遜さに。
別段その不遜さが珍しいわけでもないが、恋愛要素が含まれているのは珍しいかもしれない。
カーマインは気を引かれてソファにどっかりと身を預けている長身の男の傍へと寄った。

「・・・・アーネスト?」
「ベストセラーだと言うから読んでみれば・・・陳腐な恋愛小説だったな」
「・・・・・え?」

眉間に皺寄せながら、アーネストはカーマインに向けて今まで読んでいたと思われる小説を放り投げる。
ハードカバーに包まれたそれの中表紙を見て、カーマインはああ、と一言呟いた。

「これ今一番売れてるっていう純愛小説か。そういえばルイセが読みたがってた」
「なら、くれてやる。大して面白くもないがな」
「アーネスト、一言余計。でも有難う・・・これ、あまり書店でも売ってないから・・・ルイセが喜ぶ」

ふわりと微笑む金銀の瞳を目に留めて、アーネストは小さく肩を竦めた。

「そんなに妹が可愛いか?」
「え・・・何で?」
「自覚がないのも考えものだぞ・・・・」

ハッ、と嘆息するとアーネストは僅かに姿勢を正し、空いたスペースに座るようカーマインに目配せする。
その視線を受けてカーマインは小説を一旦、目の前の机の上へと置いてからアーネストの隣りに腰掛けた。

「何・・・・?」
「こんなものより実体験でも話してやった方が役に立つんじゃないのか」

アーネストはトントンと机上の小説を指で叩いてから、するりと自らの手に嵌まっている手袋を口に咥えて外し、
生身の指先をカーマインの頬へと這わせる。それから緩く唇をなぞり、強く顎を掴むと驚愕にうっすらと口を
開けた薄紅の柔らかな唇を塞いだ。

「・・・・ん・・・む、ぅ・・・・・」
「厭らしい顔だ・・・・」

執拗に舌を絡ませながら、初めの頃に比べれば格段にキスが上手くなったカーマインの口腔を思う侭に貪る。
ギシリとソファを軋ませ、細身の上にアーネストは覆い被さると、ゆるりと滑らかな肌を肩口から辿っていく。
ピクンと小さく波打つ身体は恥らいながらも懸命に応えている。下腹部を撫でられて震えた。

「や・・・めっ・・・・」
「何だ、フィクションよりノンフィクションの方が聞き手も愉快だろう?」
「馬鹿っ、こんな事・・・・」
「言えるわけもない、か・・・?まあ、そうだろうな」

フン、と鼻で笑うと白皙の美貌のすぐ脇に手をつく。

「・・・・もっと・・・誰にも言えないような事をしてやろうか?」

妖しく濡れた微笑をアーネストは浮かべると、カーマインの色違いの瞳を覗き込む。
その目は悪戯っぽくもあり、同時にひどく真摯な気がしてカーマインは困ったように眉を寄せる。
圧し掛かってくる身体を押し戻そうとしていた指先を止めた。

「・・・・・アーネスト・・・・」
「何だ?」
「いや、何かあったのか・・・?何か様子が、変・・・」
「別に。あったとすれば・・・・・下らん本を読んで頭にきたのかもな」

ちらりと背後の机の上に乗った小説へと視線を飛ばす。

「・・・何、あの本そんなにつまらなかった?」
「・・・・・・永遠の愛とは、死んだら終いなのか?」
「・・・・・は?」
「永遠を口にしながら、死が二人を別つたらそれで終わり・・・・どこが永遠だって?」

永遠とは、尽きる事のない永久に続く時間。
終わりなきものである。なのに死んだらそれで終わりなのだと言う。
死ぬまで貫いた愛が永遠の愛になるのだと。
それの何処が永遠だと言うのか?

恋愛なんて下らない、と。
普段はそんな態度を取っているアーネストの意外な言葉にカーマインは目を剥く。

「相手が死んだら、また別の人間を好きになる。それが法的に許されている。実に下らない」
「あ、の・・・・アーネスト・・・・?」
「俺は死が二人を別つまでなどとぬるい事は言わん。カーマイン」

低めた声が妙に真剣なものに変わり、カーマインはパチパチと瞬きをする。
名を呼ばれるままに、紅い眼差しを真っ直ぐと見据えた。

「お前はどちらかが死ねば自由になるなどと思わん事だ」
「・・・・・・・・・・・・・?」
「もしも、お前が俺から逃げたいと思っていたとしていも、俺はお前を逃がさない・・・・死んでも」

ツゥ、とアーネストの手指がカーマインの漆黒の髪の生え際から、瞼を下り、頬を辿って唇に触れる。
初めにしたように親指で柔らかな感触をなぞると、前触れもなくそのままカーマインの口内へと忍ばせた。
歯列を擽り、赫い舌を構うと鼻先が触れんばかりの距離で見詰め合う。

「・・・・・お前は、死んでも俺のものだ、カーマイン」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたって逃げられやしない・・・・覚悟しておく事だな」
「・・・・・・・・・・・・うん」

一見、脅しのようにも取れる言葉。
けれどカーマインの耳にはどうしても甘く響いた。
故にとろりとヘテロクロミアは蕩ける。
次いで、表情に乏しい男の耳元へそっと囁く。

「君はまるで・・・・ガルアオス監獄のようだ」

二度と、抜け出す事の出来ない、絶望の象徴。
揶揄とも取れる発言に、アーネストは小さく笑う。

「あの程度のものと一緒にされては困る。望みが絶えるくらいでは済まんぞ」
「・・・・・・それは怖い」
「お前の逃げ場など、何処にもないんだ」
「・・・・・・・・・君に捕まったその時からね」

知ってるよ、とカーマインは微かに笑い声を漏らしながら散々アーネストがケチをつけた小説を手に取る。

「・・・・・事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだな」
「だから言ったろう?ノンフィクションの方が愉快だと、な・・・・」
「それはアーネストにとってだろう?・・・・でも、まあそういう事にしておこうか」

カーマインは諦めたように息を吐く。
どうせここで抗ったって結果は変わりはしないのだから。
案の定、止まっていたアーネストの指先が再び蠢き始める。

「ノンフィクションの続きだ」
「・・・・お手柔らかに」
「知らんな」
「・・・・・・・言うと思った」

降ってくる唇を擽ったそうに受け止めながらカーマインは先ほど言われた言葉を密かに反芻する。
口にしたのがアーネストでなければ、非常に不愉快な言葉の羅列。
けれど、アーネストが言えばそれらはカーマインにとって愛しくも哀しいアイノコトバに変わる。

「本当に・・・・事実とは奇妙な事だ」

本格的に組み敷かれた痩身は、自らの手からころりと転がって行った小説に一瞥くれながらしみじみと
呟くと、まるでそれを咎めるように与えられる快楽に抗いきれず、そっと異彩の双眸を奥へと顰めた。






fin




突発物で意味不明です。
ちょっと小説を読んでいて納得がいかなかったらしい黒アニーさん。
何気に彼はロマンチストのようです(爆)
「死んでもお前は俺のものだ」という台詞を言わせたいがために書いたので
殆ど意味がないんですが(コラ)どうなんでしょう・・・やっぱりとんだ駄文・・・ですよね(泡)


大気が震えるほどに冷えた夜は、

月が燃えるように燦然と輝いている。


それはまるで、

悪戯に胸を馳せる子供のように笑っているような気すらして―――






月の悪戯






「好きな所に落ち着け」

たった一日の休暇中、「来い」とただ一言で呼び出した客人へ部屋主の男は短く告げると、踵を返して姿を消す。
遠くから食器類を運ぶ音が聞こえてくる事から、恐らく招いたその客人の為の飲物でも用意しているのだろう。
常ならば紅茶かコーヒーを出されるのだが、しかしこの日は何故かグラスに氷を入れるような響きが客である青年の耳に届いた。
外はもう冬が間近で空気が凍てつくように冷え切っているというのに、何故冷たい飲物なのだろうか。
そんな疑問を覚えて、大人しくソファに掛けていた青年が腰を浮かしかけた頃、ドアが開かれ、部屋主の男が戻ってきた。
手にはトレイと、一つは砕いた氷が入ったグラス、もう一つは何も入っていないグラス、それから種類の違うボトルが数本。

「・・・・・それ、お酒?」

首を傾げながら、青年が問いかけると男は「そうだ」と一言で返す。テーブルの上にそれら一式を置いて珍しく
青年の向かいではなく、隣りに座した。それがやはり青年には意外だったようでじっと金と銀の視線を隣りに座る白い影に注ぐ。
ゆるりと緋色の瞳が無感動に、逸らされる事のない異色を捉えた。次いで、無言で氷の入ったグラスをそれが返事だとでも
言うかのように青年へ差し出す。青年は戸惑いながらも仕方なくそれを受け取った。

「・・・・・アーネスト?」
「・・・・・・・寒い、と言っていただろうが」
「言ったけど・・・・・それが?」
「身体を温めるにはコレが一番手っ取り早い」

そう言って、アーネストは空の方のグラスを自分で持つと、ボトルを一本開けて、注いでいく。無彩色の液体がグラスを埋め、
それからアーネストの口腔へと水のように流されていく。あまりにも簡単に飲み込んでいくから、そんなに強いものじゃないのかも、と
僅かに警戒していた青年も肩を落とし、アーネストに真似てボトルの中身をグラスに移して、こくりと一口、飲み込む。
しかし。たった一口、しかも氷で割ってるのにも拘らず、くわんと頭の中を乱暴に掻き混ぜられるような、そんな眩暈にも似た
感覚が脳裏を突き抜ける。喉が焼けるようにヒリつき、一瞬声が出ない。青年は喉を押さえて丸く蹲った。

「・・・・・どうした、カーマイン?」

してやったりとでも言うかのような笑みを履きながら、アーネストは白々しく問う。カラカラともう何も入っていない自分のグラスを
振って見せた。挑発、にも取れる仕種。恨みがましくカーマインはうっすらと涙の浮かぶ瞳でアーネストを睨み返す。
けれど、それにアーネストの笑みが崩される事はなかった。

「何だ、キツかったか?」
「・・・・・だ、ってこれ、強い・・・・・」
「ちゃんとロックにしてやっただろうが。俺はストレートだぞ?」
「・・・・・・・・・・俺はあまり飲まないんだ」
「この程度を飲めないようじゃ、まだまだ子供だな・・・・・」

クッ、と喉を鳴らして、アーネストは二杯目を早くもグラスに注ぐ。しかし、その様はやはり挑発しているようにしか取れない。
馬鹿にされた、と思ったカーマインは、アーネストが今まさに口をつけようとしているグラスを奪い取ると、グイと一気に飲み干した。
自分は子供なんかじゃないと、ロックでなくストレートで飲んでアーネストと対等だと、そう主張したくて。とはいえ、元々そんな酒に強い
わけでもないのにストレートで一気飲みをしてただで済む筈もない。先ほど以上の喉の痛みにカーマインは泣きそうになるものの、
何とか堪え持ち直すと、一瞬だけアーネストに「どうだ」と視線で訴えかけた。特に何の反応も返されなかったが。それがつまらなかった
のかカーマインはぷいと横を向く。そんな彼を横目で見ながらアーネストはこっそりとボトルの裏側のラベルを見遣った。
そこに刻まれているのは、『クエルボ・レゼルヴ・ド・ラ・ファミリア』というテキーラの銘柄名とアルコール度数40の文字。
通常のアルコールは15度以上から強いとされるが、これは40度、よほどザルな人間でなければ飲める筈もない代物。おまけに
ストレートでは悪酔いするのがオチだ。それが分かっていて挑発した自分は相当に性質が悪いとは自覚しつつ、まんまとそれに
乗ってしまったカーマインも相当に負けず嫌いだな、と笑う。それから視線をカーマインへと移せば、いつの間にか顔が紅い。
アーネストは様子を見る為に顔を寄せた。

「・・・・・・おい?」
「・・・・・・・・・ん、なぁに?」
「・・・・・・・・・・・・・・」

間近に見るカーマインの瞳は既にとろんと惚けている。口調も何処か幼い。小さな子供のように大きく首を傾けて目前の表情に
乏しい男の顔を見上げていた。しかしそれに飽きたのか、顔の向きを変えると、今まで飲んでいたボトルとは違うものへと手を掛け、
アーネストへと向き直る。

「・・・・ね、これなぁに?」
「・・・・・・・アモンティリャード・・・・シェリーの一種だ。本当はそっちがお前用だった」
「なんでー?」
「・・・・・・・飲めば分かる」

その言葉でカーマインはボトルのキャップを開けようとするが、酔いが回ってきているのか上手く開けられない。縋るような、
甘えるような目でアーネストを上目遣いに見遣る。頬は紅潮し、瞳は潤んだその表情は、ただただアーネストに溜息を吐かせる。
初めからそういう顔が見たくてアルコールを出したわけだが、いざ目前にすると微かに戸惑うのだから不思議だ。それでも
カーマインのもの欲しげな態度に応えぬわけにもいかず、ボトルを取り上げるとカチリと特に窮する事もなくキャップを開け、
カーマインに差し出してやる。

「・・・・・・・開けてやったぞ」
「ありがとー」
「・・・・・しかし、酒は飲まないんじゃなかったのか」
「だって飲めないと、アーネスト馬鹿にするんだもーん」

完全に子供口調でカーマインは新たに注がれたアルコールを口に運ぶ。先ほどのテキーラに比べれば、遥かに軽くて甘い口当たりに
カーマインは満足そうにグラスを両手で抱えてちびちびと何度もそれに口をつけた。その隣りで暫く彼の様子を見守っていたアーネストも
ジンやスピリタスなどの高濃度のアルコールを進める。しかし不意にカーマインの動きが止まった事から、グラスを机に置いて
カーマインの目前に手を翳してみる。寝ているのかと思ったから。が、そうではないらしく緩くだが反応が返ってきた。カーマインは
顔を上げると先ほどよりも更に真っ赤な顔で、いつもの毅然とした表情とは全く違う娼婦のような艶やかさと、幼子のような甘さを
携えた瞳でアーネストを囚えるとにっこりと綺麗に微笑み、普段ならば到底しない自分からのキスを微動だにしないアーネストの
唇へと贈る。

「・・・・・ん・・・・ふぁ、お酒の味が、する」
「・・・・・・・・だろうな」

少し驚いたものの、この先のカーマインの行動が気になるので平静を装いながらアーネストはやはり動かない。
しかし、カーマインが腕を首に絡め、舌を入れてきたので、腰を抱え、舌を受け、最低限の応えを返す。口腔がアルコールの匂いで
満ち、舌先がぴりと痛む。普段では味わえぬ状態に内心まんざらでもないアーネストは暫くそうして唇を重ねていたが、急にカクリと
カーマインの身体が後方へと傾いだ為、ほんの少しだけ慌てて細身の身体を受け止めた。顔を覗けばカーマインは頬を染めたまま、
深く瞳を閉じて眠ってしまっている。予兆すら見せぬ唐突なその有様にアーネストは呆れて大きく溜息を吐く他ない。本当の事を
言えば、いつもとは違う様子の何処か可愛らしく淫靡な様子のカーマインにかなりアーネストはその気になっていた。故に、細い眉は
見事に皺寄り不機嫌な表情を露にする。生憎相手は潰れているのでその様を見る事は出来ぬが。

「・・・・・・全く、煽るだけ煽っておきながら・・・・・いい身分だな貴様は」

すうすうと穏やかな寝息を湛え、アーネストとは対照的に幸せそうな表情で寝こけるカーマインにアーネストは恨みがましく告げるが、
当然何の反応も返っては来ない。しかも酒が入った上での眠りではきっと起こしたところで起きはしないだろう。更に溜息が重くなる。
しかし、そこまで思ってアーネストははっとした。

「・・・・・・どうせ起きんのだったら・・・・・」

悪戯してしまおう、とそれはそれは見事なまでに黒い微笑を浮かべ、抱えたカーマインの肢体を向きを変えてソファに横たえると、
柔らかな桜色の唇をそっと親指の腹で撫で上げ、額から順に口付けを下に向かって降ろしていく。瞼を掠り、頬を辿り、唇を蹂躙
して更に顎のラインをつと舌でなぞり、首筋まで下ると服でも隠し切れないであろうギリギリの箇所にわざと吸い付いて所有印を
残す。白い肌に紅い花が可憐に咲く。これは放って置かれた事への意趣返し。くっきりと残る痕にアーネストは満足げに口端を
持ち上げ、もう少し続きをしようかと思ったが、反応しない相手にあれこれする趣味はないので諦めた。代わりにカーマインを
抱き上げてベッドへと運ぶ。それから色々と片付けをし、自分だけシャワーを浴びて着替えるとカーマインの隣りに身を預ける。
最後にもう一度触れるだけの軽いキスをすると、思い出したように自分の唇に触れ。

「・・・・そういえば、こいつは酔うと随分積極的になるようだな・・・・」

普段なら絶対してこないカーマインからのキスを思い返し、暫くはそのネタで苛められるな、と呟くと悪戯が成功した
子供のような表情を乗せたままアーネストもカーマインに倣うように、緋色の瞳を薄い瞼で覆い隠し、夢の淵へと沈んだ。
ちなみに翌朝アーネストより後に起きたカーマインが切々と昨夜の酔い様の醜態を語り聞かされ苛められた上に
帰った自宅の屋敷でありとあらゆる身内に首筋の所有印を指摘される羽目に遭うのは言うに及ばずであったか・・・・・。




fin



えー、カーマインに少し強引にお酒を飲ませるアーネストがリクだったのですが・・・・。
クリア出来ているのでしょうか??いや、何と言うかもう、うっかりすると裏行きになりそうだったというか
裏の方が書きやすそうだったな(爆)とか頭の悪い事を考えていたのは内緒です(言ってる)
あー、いやええそのあまりに遅くなってしまいました上、しかも短いのでもし裏ver.見たいというご要望さえ
ございましたらお詫びを込めて書かせて頂きますので。いや本当に・・・m(_ _)m
とにかくリクエスト有難うございました夕紀様~。うわーん(泣いて詫びます)

以前の彼は、例えるなら忠実なマリオネットのようで。
一度命じられれば、言われた以上の結果を残し、
常に主の傍近くに控え、表情を変えず、自分を殺していた。
悲しみに滲む顔どころか、子供のような笑みすら浮かべない。
氷のように固まった、あまりに頑なな心の持ち主――だった。


――あの花のように優しい人が現れるまで






Thawing of snow







コンコンと。
扉を叩く軽い音にそれまでひたすら書類に視線を落としていた紅い瞳が上を向く。
横目で柱時計を見遣って時刻を確認すると、銀のフレームの眼鏡を外し、疲労に凝った眉間を強く揉み込む。
それから少し面倒くさそうに扉の外の相手に返事を返す。「入れ」の一言だけだったけれども。
その言葉を受けて、ゆっくりと扉が開かれる。回廊の光がすき間から段々と差し込んできた。その光を割るようにして黒い影が
室内に慎重に足を進めてくる。見知った、けれど珍しいその姿に部屋主の瞳は微かに瞠られた。

「・・・・・・お前は・・・・・」
「職務中に失礼、ライエル卿」

深々と丁寧に礼を返しながら、以前に数度目にした時には肩に小さな妖精を連れていた青年がライエルの目前に立つ。
漆黒の艶やかな髪をより際立たせるかのような白い肌、それに桜色の唇、何より金と銀の異彩の瞳が目を引く。
あまり他人に興味を抱かないライエルも流石に彼の事は初見の頃から強く印象に残していた。
僅かに記憶の糸を辿り、一度だけ耳にしたその人の名前をライエルは思い出す。

「・・・・・カーマイン、だったか?」

口にしながら、リシャールが偽王として牢屋に投獄されてからまだ数日しか経っていない今時分に何故彼がこうして
ここにいるのだろうとライエルは首を傾ぐ。エリオットの戴冠式に来たというのならそれはもう二日も前に終わっている。
そしてその新王の披露会にもまだ早い。取り立ててこちらに隣国の騎士が、英雄が足を運ぶ理由などないように思える。
ましてや相手は大した縁もないし、近寄りがたいと同国の人間にすら囁かれるアーネスト=ライエルだ。
そのように自分が世に称されてると知っているライエルにはカーマインが自分を訪ねた理由が本当に分からなかった。

「・・・・・・・・何の用だ」

故に、問い質す声が訝しむようなそれになったとしても仕方ない。カーマインもライエルが考えている事が分かるのか
ポーカーフェイスを僅かに崩し、微苦笑を浮かべている。それから一歩前に出て、覗き込むように上体を屈める。
金と銀の瞳が、何処か申し訳なさそうに揺らぐのをライエルは認め、知らず目前の美貌に意識をやった。

「・・・・・本当は、もっと早く此方に顔を出そうと思っていたんだが・・・・。色々立て込んでいると思ったから・・・」
「落ち着くまで待っていた、と?」
「ああ・・・・。それで用件はその、貴方に一つ謝ろうと思って・・・・・」

じっと真っ直ぐにライエルを見据えていた強い双眸が逸らされる。それを魅入るように見つめていたライエルはほんの少し
細い眉根に皺を寄せた。逸らされた瞳が惜しいと思ったから。しかし何故そんな事を思ったのかと表面には出さずに自身に
問いかける。その間、下を向いていたカーマインは目を閉じ、何かを考えているようで。小さく首を振ると彼は再びライエルの
紅い視線を異彩の眦で絡めとり、先ほどは飲み込んでしまった言葉を、今度はちゃんと音にした。

「・・・・俺は、仕方なかったとはいえ貴方の親友を傷つけた。大変申し訳なく思っている。すまなかった」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「謝られても貴方が困るのは分かっている。だから・・・・もし気が済まないのであれば俺を殴ってくれてもいい」

スッと、カーマインの白い指先が伸びてライエルの薄い手袋に覆われた手を掬い取る。それはさも「殴れ」と言っているかの
ような所作で、手を取られたライエルは驚いたような顔をする。まさかそんな事を言われるとは思いもしなかったからだ。
大体、正当性は彼らローランディア側にあり、むしろ自分こそが懲罰を受けねばならぬ立場であるというのに。
頭を下げられ、殴れと言われてもライエルは困惑するしかない。しかも、彼は気づいてしまった。自分の手を取る青年の
細い指先が微かに震えている事に。そんな人間を本当に殴れるような人でなしがいるならお目に掛かりたいくらいだった。
しかし、カーマインは震えていながらも手を離す兆しがない。ライエルが何か応えを返すまではそのままでいるつもり
なのだろうか。ライエルは軽く肺に溜まった息を吐き出すと青年の意向に合わせる事にした。

「殴るつもりはない」
「・・・・・・・しかし・・・!」
「せっかく綺麗な顔をしている事だし、もう少し自分を大事にしたらどうだ」
「・・・・・顔は関係ない」
「まあ、そうだが。ともかく私はお前を殴る気などない。失せろ」

シッシ、と空いてる方の手でライエルはカーマインを払う。掴まれている手も振り払ってしまおうかと思ったが、それをしようにも
カーマインがとても見てはいられぬほどに表情を悲痛なものに変えたので知らずライエルは手の動きを止めた。どうする事も
出来ずに暫くそのままの状態が続く。しかし、流石に悪いと思ったのかカーマインはライエルの手を離した。それから一歩下がる。
逡巡しながらも彼がもう一度深くお辞儀して踵を返そうとしたところで普段なら止めずに傍観しているであろうライエルが革張りの
椅子から立ち上がり部屋から出て行こうとするカーマインの腕を掴んだ。勢いよく自分の方へと引っ張る。

「あっ!」

バランスを崩したカーマインは重力が導くままに倒れ込む。しかしその細い身体を床に強かに打ちつける事はなく、柔らかに
ライエルの腕の中に納まる。ふわりとバーンシュタイン特有の男女共に身につける香水の匂いがカーマインの鼻腔を掠めた。
柔らかく甘い、けれど強く印象に残るその香りにカーマインは僅かに気が静まるのを感じる。強張った肢体の力を抜いた。
けれど引きとめられた理由が分からず、悩んだ末、ライエル本人に問いかける。

「・・・・何故、引き止めるんだ。『失せろ』と、言っただろう・・・・?」
「気が、変わった」
「・・・・・殴るのか?」
「・・・・・・・・いや、やはり殴るのは気が引ける」

女の顔を殴るようでいい気がしない、と付け足してライエルは不服そうなカーマインを背後から抱いたまま次の言葉を探す。
しかし居心地が悪いのかカーマインは腕の中で離れようと身じろいでいる。放っておいても良かったが、思いの外、彼の身体が
抱き心地が良かったのでライエルは更に腕に力を込める事で抵抗を抑え込んだ。

「・・・・少し大人しくしてろ」
「なっ、離してくれライエル卿・・・・!」
「殴られる覚悟があるのならこんな事、何でもないだろうが」

ライエルの言に一理あると思ったのかカーマインは大人しくなる。しかし居心地が悪いのは変わらないらしく視線をあちこちに
飛ばしていた。ライエルはそれを上からこっそりと窺いながら、ほんの僅か、あるかなしかの微笑を浮かべる。所在無さ気に
落ち着かないカーマインがまるで小動物のように愛らしく思えて。そして段々とライエルの胸に今まで抱いた事もない、
まるで子供のような悪戯心が沸いてくる。その悪戯心のままにライエルはカーマインの白い耳へと顔を寄せた。
吐息が掛かるのを承知で口を開く。

「・・・・お前、何故私に謝りに来た。別にお前に非がある訳ではないだろう」
「それ、は・・・・・ッ!?」
「ん、どうした・・・・?」

ライエルのやや生暖かい吐息が耳に掛かり、カーマインは背筋を駆け抜ける何とも言えぬ感触に身を強張らせた。
原因を分かっていながらライエルはいっそ優しすぎるほどの声で労わる。それから舐めるような手つきでカーマインの
頬を硬い指先で辿り、ぴくりと波打つ細い肩に低く喉を鳴らした。

「・・・・・・頬が熱いようだが、どうかしたのか?」
「・・・・・い、や何でもな・・・・・んっ・・・・」

白々しい台詞を聞き取れるか聞き取れないか微妙な笑いと共に吐き出しながら、ライエルはカーマインにそうと気づかせぬよう、
揶揄する。対するカーマインはじわじわと競り上がってくる何とも言えぬ未知の感覚に耐えようと唇をきつく噛み締めていた。
それに気づいたライエルはこれ以上は可哀想かと顔を離してやる。しかし拘束した腕はそのままに留めた。

「まあいい。話を戻そう。お前は何故私に謝罪する?」
「・・・・だって、あの時、貴方は斬りつけられる『彼』を見て痛そうに、顔を歪めてた・・・・から・・・・」
「・・・・・・・・・・見て、いたのか」

コクリとカーマインは頷く。揺れた漆黒の髪をライエルは何処か不思議に思っていた。自分の表情は長い付き合いのある親友たちが
漸く判別出来る程度だ。それをあの厳しい戦いの中、この青年は視認したと言うのか。ライエルはカーマインの容姿以上に内面に
興味を抱く。その視野の広さに、お人好しすぎる優しさに、そして泣きたいほどに顔を顰めていながら決して泣かない強さに。
そっと、戯れではなく本当に労わるように、愛しむようにカーマインの髪を梳くように撫でた。紅玉の瞳も何処か柔らかに細められて。
身体を蕩かせてしまいそうなほど優しい接触にカーマインは目を瞬いた。そして緩慢に後ろを向く。

「・・・・・ライエル、卿・・・・?」
「お前は甘いな。それでは下種な連中にカモにされるのがオチだぞ」
「・・・・・・・・・カモ?」
「・・・・・獲物、の俗な言い方のようなものだ。知らんのか?」

ライエルの問にカーマインは恥ずかしそうに頷いた。そういえばオスカーからこの青年は箱入りで育ったと聞いたような気がするが、
まさかこれほど物知らずだとは思わずライエルは更にカーマインへの興味を深くする。恥ずかしそうに俯く姿もいやに扇情的で
名も知らぬ感情が次々とライエルの心の奥に積もっていく。それがじれったく、少しライエルには不快だったが、苛立ちを露にして
カーマインを怯えさせたくはなかったので何とか平静を保つ。押し隠したそれから気を逸らせるように再び低い声を落とす。

「・・・・もう一つ、お前に尋ねたい。何故、お前は自分を殴れと言った?」
「・・・・・・えっと、それ・・・・は・・・・・・」
「そうでもしなければ自分が許せんか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「私はお前の罪悪感の昇華に利用されるのは御免だ」
「そんなつもりは・・・・!」

ない、と言おうとしてカーマインは口を噤んだ。そんな気が全くなかったとは言い切れない事に気づいたからだろう。その、素直すぎる
反応にライエルは却って気を良くする。この世の中には奇麗事ばかり口にして自分を良く見せようとする下らない人間で溢れかえって
いるのにこの青年はそれをしない。それはライエルにとって非常に好ましかった。先ほど浮かべた微かな笑みに比べればもっと
はっきりとした微笑を口元に携える。背後から抱き寄せられているカーマインには知る事が出来ないのだけれど。しかし宥めるように
更に深く抱き込まれて、カーマインは驚いた。また失せろと突き放されると思っていたから。それなのにライエルの腕は何処か優しい。
しかも信じられないほど穏やかな声音で耳元に囁かれる。

「・・・・・・・・これが最後の問だ、カーマイン。
お前がもし、親友を傷つけられたとして・・・・怪我を負わせた者を殴って気が済むか?」
「・・・・・・・・・・・・・!」
「怒りに任せて殴ったところで怪我した者は治りはしない。それに、今度はお前が加害者になる」
「・・・・・・・・・あ・・・・・」
「それは酷く不毛で意味のない事だとは思わんか・・・・?」

それどころか、この青年ならきっと酷い罪悪感に駆られるだろうとライエルは思う。それほどまでにカーマインは人が好すぎる。
善良で純粋で稚拙。稀に見る内面に、ライエルは惹かれるの自覚した。そして胸に積もった感情が何を意味するかも理解する。
まだ納得は出来ない、けれど理解はした。およそ同性に抱くようなものじゃない。だから、理解は出来ても納得は出来ない。
だが、この場では邪魔でしかないそれを頭の隅に追いやり、カーマインの様子を見遣る。見下ろした彼はやはり恥ずかしそうに
顔を染めていた。しかもよく見れば泣きそうに瞳を潤ませている。それを認めるとライエルはバツが悪そうに視線を逸らす。
妙な気を、起こしそうで。自分を守るためにも、カーマインを守るためにも視線を外す他なかった。

「・・・・・とにかく、私の言いたい事は分かったな?」
「・・・・・・・ああ。押し付けて、すまなかった。結局俺は自分が楽になりたかっただけなんだ・・・・」
「・・・・・・・・・・・楽に、か」

ライエルは感慨深げにカーマインの言葉を反芻する。そしてふと、思いついた。自分の中でもやもやと霞の掛かった気持ちを
晴らせて尚、カーマインの荷も下ろせるだろう方法を。とは言え後者の方は取ってつけたようなものだが。あくまで自分の
胸に何か引っかかったような気持ち悪さを解消するために、そうする事に決める。ただ、これをしてしまえば先ほど納得
出来なかった感情を納得しなければならなくなるが。だが、そんな取るに足りない矜持に拘り続けるのも何処か馬鹿らしい、と
微かに首を振ってからライエルは問題の言葉を口にした。

「カーマイン、そんなに償いたいのならば一つだけ、罰を与えよう」
「・・・・・・・・・・・・え?」
「これをすれば、取りあえず私の気は済む」
「・・・・・・な・・・・に?」

思考がついていかないのか、何処か呂律の回らぬ口調にライエルは笑う。本当に見ていて飽きないなと、そんな見当違いな
事を思いつつ、ゆるりと肩越しに振り返るカーマインに誘うように悪魔のような甘い微笑みを返した。カーマインの瞳が
零れそうなまでに開かれ、長い睫は休みなく瞬き、白い頬には朱色の線が走る。それだけでライエルは満足だと思って
しまいそうになるが、やはりそれだけではつまらない、とカーマインの身体を反転させ、自分と向かい合わせにする。
そして短く告げた。絶対的な支配者のような声で。

「目を閉じろ」
「・・・・・・・・え?」
「早くしろ、許されたいんだろう・・・?」

その言葉にカーマインは躊躇するが、やがて素直に従い、長い睫で頬に影を落とすようにして印象的な異彩の双眸を
閉じる。目を瞑ると途端に幼くなるな、と率直な感想を脳裏に浮かべてライエルは口の端を愉悦に持ち上げたまま、
ゆっくりと上体を屈め、滑らかな白く柔らかい頬を両手で固定すると自分の顔を寄せる。白皙の面に影が落ち、
やがてカーマインの微かに何が起きているのか分からぬ恐怖からか震えている桜色の柔らかな唇にライエルの
冷えた薄い唇が重なる。時間にすれば僅か数秒。けれど何処か長く感じられる触れるだけの優しい口付け。
甘い余韻を愉しみながらライエルは唇を離す。対するカーマインは突然の事に頭が真っ白になっているらしく、
口をぽかんと開けたまま、子供のように愉しそうな笑みで自分を見ているライエルをぼんやりと見返した。

「・・・・・・罰は終了だ」
「え、なっ・・・・罰って・・・・ええっ!?」
「私は気が済んだが・・・・・お前の方は気が済まないのか?」
「なっ、当たり前だ。だって、こんなの・・・罰に入るか!?」

唇を押さえながら顔を真っ赤にして抗議するカーマインが妙に可愛らしく思えてライエルは今度こそ、胸に巣食った
感情を受け止めた。霞んだ靄も、しっかりと認めてしまえばいっそ晴れやかに散って。ライエルはまだ動転しているらしい
カーマインの耳元へ唇を寄せた。それだけでカーマインの肢体は跳ね上がる。いっそ愉快だった。

「そうか、この程度の罰では足りないか。では追加の罰を与えようか」
「え、追加って・・・・・んんっ・・・・・」

言いかけた言葉を、ライエルの口腔に飲み込まれる。触れるだけのキスではなく、奪うような濃厚なそれ。
事実カーマインはぴったりと唇を塞がれて、舌を絡められ、強く吸われて呼吸などろくに出来なかった。更に段々と舌が痺れ、
甘い責め苦にぼんやりと思考が滲み、雲の上を歩いているような気分になってしまう。それが何だか怖くて、カーマインは
必死にライエルにしがみついた。現実と自分を繋ぎとめるかのように。それから暫くして、糸が引き、ライエルの支えなしに
立っていられなくなるなるまで口腔を犯されたカーマインは漸く解放される。息が弾み、胸は上下し、視界は霞んだ
状態で僅かに険のある眼差しをライエルに送るものの、笑顔で躱されカーマインは肩を落とす。

「・・・・・・も、な・・・にす・・・・」
「何、とは何だ。私はわざわざお前が先の罰では納得いかぬと言うから付き合ってやったんだぞ?」
「・・・・・・・・なっ」
「覚えておけ、痛み苦しみのた打ち回るだけが罰ではない」

相手を満足させればそれだけでいい、とそれだけ言うとライエルは今まで支えていた腕を離した。途端に力の抜けている
カーマインはカクンと膝を折り、そのまま床へと座り込んでしまった。ライエルはそんなカーマインを愉しげに見ているだけで
手を貸してやろうとはしない。そして何とも言えぬ喜悦に心から笑んだ。それを間近で見てしまえば、見慣れぬものに、
しかもとても艶やかなそれに中てられてカーマインは言葉を失う。何も、言い返す事など出来なかった。そんな風に
笑う人だとは思っていなかったから。いつも、硬い表情をして、どんな時も冷静で、寡黙で何を考えているかよく分からなくて、
そんな印象しか持っていなかった。だから、思いも寄らぬ表情に戸惑うしかない。無言でただ、どうしようもなくカーマインが
佇んでいると傍目から見ても悪戯っぽい表情を浮かべてライエルは声を掛けてきた。

「・・・・・・腰が立たないようなら送ってやろうか、フロイライン・・・?」
「フロイ・・・・・・だ、誰が『お嬢さん』だ!」
「なに、原因は私にもある。遠慮するな」
「ちっが・・・・!遠慮なんかじゃなくて、俺は・・・・」
「煩い黙れ」

理不尽に言葉を遮られ、しかも意思を全く無視され、カーマインは近寄ってきたライエルの腕に男性ならば屈辱的とも言える
『お姫様抱っこ』の状態で抱え上げられた。当然、カーマインは恥ずかしさで顔を染め、じたばた暴れてみるが取り合っては
貰えず、逆に大人しくしろとでも言うかのようにまた口を塞がれてしまう。まだ余韻が残っている状態で深く犯されれば、もう
抗う気力など沸いてこない。結局カーマインはライエルの為すがままになってしまう。

「余計な事をせねばいいものを・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」
「フン、とても許しを乞いに来た人間には見えんな」
「・・・・・・・・う゛」
「・・・・・・・まあ、そのくらいの方が『俺』は愉しいがな」
「・・・・・・・・・・あ」

急にライエルの一人称が『私』から『俺』に変わったのに気づき、カーマインは声を上げる。それは何処か、気を許してもらった
ようで何となく、得したような気になり、カーマインは再び熱くなる頬を自覚して、見られぬようにと全て諦めたようにライエルの
肩口へと顔を埋めた。それをただ、ライエルは穏やかに見守る。僅かに、新しい玩具を見つけた子供のように瞳を輝かせ、
けれどやはりどうしようもなく甘い感情に引き摺られて。馬車を手配する為に御者の元へと訪ねるまで艶やかな笑みを湛えながら
緩やかな足取りで『フロイライン』を腕に抱いてエスコートした。

この日以降、ライエルはカーマインと出くわせる度に、愉しげに苛めるようになったとか。けれどあからさまに『好きな子苛め』と
分かるそれに胸焼けを起こして、異を唱える者は現れなかったと言う―――






fin




毎回のように黒アニー様は手が早いです。
初めはストイックだったのに・・・・堕ちてしまわれたのですね。
リク内容は「偶には子供っぽい筆頭のアー主話」との事だったんですが、
・・・・・・何処が?いや、根底を覆すと嫉妬深い、やりたい放題で自分勝手と
よく考えれば黒アニー自体が子供のような気もするんですが・・・・どうなんでしょう。
えー、桧月様リテイクはいつでもOKですので遠慮なくどうぞ!(土下座)

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