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CAUTION

当作品は18禁です。
18歳未満の方、801という言葉に嫌悪を
持たれるお方は閲覧しないようにして下さいー。





誰かを好きになる気持ちは、とても綺麗なものだと思っていた。
でも、それは所詮鳥籠の中で過ごしていた自分の思い違いでしかなくて。
それを教えてくれたのは、鳥籠を壊してくれた貴方だった。


―――ねえ、紅い瞳の誰よりも強い騎士様?




Symptoms of poisoning






殻よりも、頑丈な鳥籠を壊された。世間から、世界から隔離する、それを。
刃のように鋭利な瞳で睨み据え、天使よりもよほど柔らかい微笑を一瞬だけ浮かべる緋眼の青年に。
潰れるほどに強く握られた手首に、細い肢体を蝕む痛みに、稚拙で不器用な情愛に、何もかもを思い知らされて。
いつだって皆から一歩引いたところで平等に愛情を注ぐカーマインにとって、アーネストは唯一の特別な人になった。
見つめられるだけで頬に熱が籠り、名を呼ばれる度に胸が苦しくなり、触れられると身体に震えが走る。
そんな対象はアーネストだけ。それに気づいた瞬間から、今まで何かを欲する事もなかったカーマインは
我知らず、それこそ無意識のようにアーネストの事を求めるようになっていた。

そんな自分の想いを自覚し、育てている真最中のカーマインと異なり、もともと彼に恋慕し、そして数日ほど前に
漸くずっと求めていたその存在を手にする事が出来たアーネストの方は一時の充足を味わっていたものの、
一度欲したものを手にしたら次はそれを奪われぬようにと守る事へ神経を使わねばならかった。
特にカーマイン本人には全く自覚はないようだが、彼に向けて熱視線を送る者は男女問わず星の数ほどいる。
もちろん、今共に行動している仲間の中にもそれはしっかり存在していた。カーマインにその自覚がないだけに
アーネストは内心気が気じゃない。何かに執着する事など滅多にない己が唯一執着し、至上の存在の彼が
他の誰にも奪われないようにと。それを避けるにはとにかく周りに目を光らせる他ない。そういうわけでアーネストの
目下の目標は手近に沸く虫の殲滅であった。






◆◇◆◇






カーマインとアーネストの泉での秘め事から数日が経った頃。その後は暫し移動が続き、野営時はリーダーたる少年の
何らかの作為すら感じられる組み分けによって二人はバラバラのテントに配され、それ以外の時は基本的に戦闘をしているため
ろくに口すら利けない状況下にあった。当然、アーネストは苛立ち、想いを自覚したばかりのカーマインは離れている事に
微かな不安を感じている。手を伸ばせば触れられる距離にありながらそれが出来ないのが団体行動の恨むべき点か。
というか、どちらかといえば作為的に邪魔をされてる感があった。何故なら秘め事があった翌日、つまり二人が恋仲になった
次の日の朝、いつも仏頂面のアーネストは妙に機嫌よく、カーマインはそんな彼と視線が合う度白い頬を真っ赤にして恥ずかし
がっていたため、勘のいい人間ならば絶対二人に何かあったと思うのが普通だ。というより皆気づいた。そのため、カーマインに
想いを寄せる人間の最後の抵抗というか嫌がらせである妨害を二人は一心に受ける事となっていたのである。

初めの頃はそれも仕方ないかと何とか堪えていたアーネストだったが、彼はどちらかといえば気が短い。故に我慢は三日と
持ちはしなかった。カーマインの傍に自分以外の誰かがいるだけで細い眉根は吊り上り、緋色の瞳は血の色を深くして。
不機嫌オーラが彼の全身を包み、並みの人間ならその恐ろしさに尻尾を巻いて逃げ出したろう。残念ながら今の旅の連中には
そんな普通の人間など一人もいやしなかったのだけれど。このままでは全くと言っていいほど現状は動きそうもない。
そう悟ったアーネストは本格的に自分たちの妨害をしてくる虫の排除に力を入れる事にした。一方、鈍感なカーマインは
周りの妨害にも、その妨害をどうにかしようとしているアーネストの考えにも気づかず、寂しげに言葉を交わす事も出来ぬ
想い人を遠くから見遣る。その金銀の色違いの瞳はとても情熱的であった。そんな瞳を見逃す筈もない、妨害者の一人であり
カーマインに熱視線を送る一人でもあるウェインが、ぽけーっとしている青年に歩み寄る。そして何食わぬ笑みで
語りかけた。それはもう、親しげに。

「あ、カーマインさーん」
「・・・・・・・・ウェイン」
「カーマインさん、今お暇ですか?」
「え・・・っと」

アーネストを見つめている最中、突然に声を掛けられカーマインは少し緩慢に答える。チラ、と先ほどアーネストが立っていた
方向に視線を飛ばすが、いつの間にか彼の姿は消えていた。カーマインは内心で落胆しつつも彼を見失ったならば今自分に
話しかけてきている少年に付き合うべきかと気付かれぬよう息を吐いて向き直る。口元には愛想笑いを浮かべた。

「何か用でもあるのか?」

否定的にならぬよう、声に穏やかさを織り交ぜて微かに首を傾げればその愛らしい仕種にウェインは高揚した。
元気一杯に、自分と一緒にいてもらえるよう、適当な用事を告げる。

「はい!あの、出来れば剣の稽古をつけて欲しいのですが!」
「剣・・・・か。しかし君の獲物は鎌だし・・・・大きさから言えばゼノスやアーネストに習った方がいいんじゃないかな」
「いえ、おれはカーマインさんに稽古をつけて欲しいんです!!」

キラキラと、ウェインは自分の顔が子供っぽく人から言わせれば可愛いというのを自覚しているため、それに弱いカーマインを
落とそうと出来るだけ直向きで愛らしく見えるよう瞳に力を込めた。ついでに言えばさして身長差もないのに上目遣いだったりする。
じっと見上げられ年下に弱いカーマインは困った風に微笑し、そして絆された。こくりと頷こうとする。しかしその瞬間、低い声が
ウェインの背後から割って入った。

「・・・・・・・待て」

がしり、と。ウェインの肩を骨を砕こうとするかの如く強く握り締めて。ついさっきカーマインの視界から消えた筈のアーネストが
まるで死神のように冥く、おどろおどろしい地獄から這い上がるような声で話の中断をさせた。頬を得体の知れぬ冷気が掠り、
ウェインは身体が凍りつき、振り返る事すら出来なかった。そんな彼とは異なり、久々にアーネストの声を間近で聴いたカーマインは
頬に朱色の線を走らせている。もちろん対面しているアーネストはそれに気づく。内心で愛おしさに口の端を持ち上げていた。
それはさておき、自分を差し置いてカーマインの時間を奪おうとした(アーネストからしたら)不埒な輩に死の宣告よろしく、
邪悪な笑みすら浮かべて更に低い声を落とす。

「剣の稽古をつけて欲しいのなら俺が相手になってやろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!?」
「・・・・お前の鎌のリーチから考えれば、カーマインより俺の方が向いているだろう・・・・?」

相手の意見を乞うているようでその実、全身から溢れ出す纏わりつくような冷気は否定を許さず。今も尚、肩をギリギリと痛めつけ
られているウェインは恐ろしさにがたがたと身を震わせていた。冷や汗がだらだらと止め処なく流れ続ける。悪魔のような男の
無言の圧力に気を失ってしまいそうになったウェインは二百パーセント断りたくて堪らないのにYESという他なく。非常にぎこちなく
こくこくと頷いた。それを見届けるとアーネストは口の端の笑みを深め。

「話は纏まったな。では、特訓と行こうか、ビシバシと!」
「・・・・・・・・・・・・・・ひっ」

ビシバシ、の部分に気持ちアクセントを強めて。アーネストは硬直するウェインをずるずると引き摺っていく。残されたカーマインは
ぱちぱちと瞬いてウェインが引き摺って行かれる様を呆然と見送っていた。しかし彼らが五十メートルほど離れたところでハッとなり、
アーネストに向けて声を張った。

「あ、アーネスト、俺も行こうかー!?」

少しでもアーネストの傍にいたくて叫んだにも拘らずアーネストからの返事はNOであった。それはカーマインの目の届かぬ場所で
彼に近づいた虫であるウェインを特訓という名の身の毛もよだつほどの制裁を加えようとしているのを悟らせぬための拒否で
あったのだが、そんな事とは知らぬカーマインは邪険にされたとしか思えず。むう、と彼にしては珍しく口を尖らせた。

「・・・・・・俺もアーネストと一緒にいたいのに・・・・・・・」

小さく、拗ねた声を漏らしたカーマインであるが、無理やりついて行って嫌われでもしたら困る、と何とかその場に留まった。
しかしウェインもアーネストもいないとなると取り残された身としては随分と暇になる。特にする事もなし、カーマインはこのまま
一人でいると何だか苛々してしまいそうな自分に気づき、誰かに一緒にいてもらおうとアーネストたちが向かった方向とは逆へと
仲間探しに向かった。ちなみにカーマインが背を向けた方角では白い悪魔がいたいけな少年騎士に語るのも憚られるほどの
血の制裁を加えている。断末魔の悲鳴が上がったが不幸な事にそれに気づく者は皆無であった。まあ、気づいたとしても
助けはきっと来なかっただろうが。






◆◇◆◇






「ゼノスー」

とことこと、カーマインは周辺を歩き回って漸く見つけた歳の離れた友を呼んだ。いい体格をした青年が相も変わらずカレン特製の
白いフリフリエプロンを身につけていたが、もう見慣れたというか諦めたカーマインは特にそれには触れず、どうやら夕食の準備を
しているらしい彼の元へと駆けた。しょりしょりといつも持ち歩いている小型のナイフでじゃが芋の皮を剥いてるのを目にし、
カーマインはちょっと考えてから告げる。

「今日の夕食当番はゼノスなのか」
「おう、オレの料理は美味いからな~ちゃんと全部食えよ」
「うん、知ってる。今日の献立は?」

ゼノスが岩場に腰掛けているのに習い、カーマインも手頃な岩に腰掛けた。ただ座ってるのも悪いので何となく皮剥きを手伝ってみる。
手先が器用で家事一般を得意とするカーマインには造作もない事だった。楽しそうに手伝いをしている彼をゼノスは手を止めて
じっとその秀麗な横顔を見つめている。その視線にはかなりの熱が込められていたが、当のカーマインは気がつかない。暢気に
鼻歌交じりに手を動かしている。しかし、そういえば先ほどの問にゼノスが答えてないなと顔を上げた。

「・・・・・・ゼノス?」
「・・・・!え、あ、な、何だ!?」
「何って言うか・・・質問に答えてないけどもしかして考え中?」
「へ!?し、質問?」
「・・・・・何だ聞いてなかったのか?今日は何作るのかって聞いたんだ」

明らかに動揺しているゼノスには殺人的な鈍さでもって気がつかず、カーマインは呆れ顔を作りながら少し言い回しを変えてもう一度
問うとゼノスは頭を掻きながらあははーと何故か笑ってそれに答えた。

「あー、今日はなじゃが芋のトマト煮とジャーマンポテトに地鶏のマスタードパン粉焼きかなんかにしようと思ってる」
「相変わらず、凝ってるな」
「いやあ、どれもこれも簡単に作れるんだなこれが。本当はもっとちゃんとしたの作りたいとこなんだが、材料も道具もねえし」
「そ?弘法は筆を選ばず、って感じでゼノスは何を作っても美味しいと思うけどな」

はい、と剥き終えた材料の一部を笑顔でゼノスにカーマインは渡す。褒められた事もありゼノスの顔には喜色が滲んでいた。
しかしカーマインは自分が感じた事をそのまま伝えてるに過ぎず、特に褒めているという自覚はなかったりする。そういうところが
人に好かれる理由になっているという事もこの分じゃ気づいていないのだろう。また手伝いに戻ろうとするそんな彼をゼノスは
細くて自分と同じ血が通っているとは到底思えぬ白い腕を掴み取った。急な事にカーマインは瞳を瞬かせる。

「・・・・・・・・・何?」
「えっと、あ・・・・その、だなオレもお前に聞きたい事があんだよ」
「・・・・・聞きたい事?」

とっさに掴んでしまった腕の言い訳をしつつ、ゼノスはまたガリガリと後ろ頭を掻いた。聞きたい事、なんて別にない。しかし何か
訊かねば訝しまれる。そう思った時ゼノスの脳裏を一人の男が過ぎった。きりっとした眉が若干皺寄る。思い出しただけで
腹の立つ野郎だ、とは思いつつ、彼絡みで丁度聞きたい事があったゼノスはそれを言葉にする。

「お前、さ。ライエルの事好きなのか?」
「・・・・・・・・・・え?」
「いや、最近ずっとアイツの事見てるしよぉ。ウェインも何かそんな事言ってたし・・・・・」

違うのか?と僅かな希望を乗せながら問われた内容に残念ながら首が縦に振られる事はなく、ずっと楽しそうにしていた
カーマインが急に黙り込み、そして数秒と経たずに全身を真っ赤にしていく。それは口で「アーネストが好き」だとか言われるより
分かり易くてゼノスの内心はツンドラ地帯に様変わりしていた。

「・・・・・やっぱそうなのか。いや、でも何でよりによってあんな冷血漢なんだぁ!?確かに顔はいいかもしんねえけどよ」
「・・・・・・・・・アーネストは冷血漢、なんかじゃない。だからっていい人って言うわけでもないけど・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・じゃあ、何で好きなんだよ」
「不器用で、稚拙で・・・・でも優しくて、意地悪で・・・・・大事にしてくれてるのが、分かるから・・・・・・」

言いながら、カーマインは自分が何を言ってるのかよく分からずにいた。それはアーネストという人間をまだよく把握出来ていない、
というのと例え知っていたとしても彼の事は言葉などでは言い表せない気がしたから。あの苛烈さも、冷たさも、執着も、優しさも体感
しなければ分かりようがないと思う。口で説明しても無駄だ。とは言えそれらは全て自分だけに向けて欲しいとカーマインは思う。
知ってもらうには体感してもらうしかないと分かっていながら自分以外にアーネストの内情を知って欲しくはないと。
そんな自分勝手な物思いにカーマインは恥ずかしくなってくる。紅い顔をひたすら俯かせた。

「ま、人の趣味をどうこう言いたかねえけどよー。もっといい奴がいるかもしんねえぜ?ほら、例えばオ・・・」

オレとかさ、と続けようとしてゼノスはぴたっとその言葉を飲み込んだ。不自然な言葉の切れようにカーマインは首を傾ぐ。
さらりと揺れた漆黒の髪の後ろからはそれと対照的な色合いが覗いている。白銀の短髪。白い肌から浮き出てきそうな
血色の鋭い瞳。噂をすれば当人のお出ましだった。しかも普段からおっかない雰囲気を醸し出す彼の特異な空気を更に濃くする
おまけが彼を装飾していた。それは瞳の色同様の、紅。真っ白い肌と漆黒の革コートを彼岸花のように血が彩っている。
言わずもがな、それは己が制裁を与えた者、ウェインの返り血。それを見届けたゼノスはさーっと顔から血の気が引くのを感じた。
それはもう、本能で殺られる・・・!!と悟ったも同義であり。狙われた事を悟った獲物に気づいたアーネストは酷薄に口元を歪めた。
獰猛な肉食獣の表情。獅子や狼のようなそれは常人なら絶対見た瞬間に泡を吹いているだろう。それをしなかっただけゼノスは
屈強な戦士だと言えた。相変わらず白のフリフリエプロンを纏ってはいるが。

「例えば・・・・何だと言うのだ?」
「え、あ、アーネスト!?」

発せられた声でカーマインは初めて背後のアーネストの存在に気づく。いつも思うが本当に彼は気配を消すのが上手い。
カーマインが感知出来ぬ唯一の気配が彼だ。しかし、アーネストといえばウェインの訓練に付き添っていたのではないだろうか。
そうではないのだがそうと信じきっているカーマインは不思議そうな表情を浮かべたが、アーネストの肌と服を濡らす緋色に
過剰な反応を示した。

「あ、アーネスト・・・・血が・・・・・」
「・・・・・・・これは俺の血ではない」
「えっと・・・・・じゃあ・・・・・?」
「・・・・・・お前の知るところではない」

素っ気なく言い放つアーネストにカーマインは僅かに眉を顰めた。せっかく、心配しているというのにそれはないんではないかと
思って。そんなマイペースな二人の背後でゼノスはそっと忍び足で逃げようとしたがしかしアーネストの雷鳴にも勝る厳しい
声音の元に足を止める。

「何処へ行く、ラングレー」
「・・・・・・・・・・!」
「貴様はまだ俺の質問に答えていないぞ・・・・?」

それは目の前の獲物に舌なめずりする獣のような表情でアーネストは背を向けるゼノスに言葉で、不穏な気配でその場に足を
縫い止めさせた。全ての感情が隠される事なくストレートに注がれるから、恐ろしさは二倍にも三倍にもなる。ゼノスはふるふると
身体を震わせながら振り返った。ハンターと目が合い、自分の身に降りかかるであろう不運に涙し大声で喚きたい気分に駆られる。
何とか上手く言い逃れようとするが、ゼノスは元来言い訳やらの類は得意でなく・・・・・

「・・・・・・いや、あの、アンタの聞き違い、じゃねえか?」
「ほう・・・・、聞き違い、か」
「・・・・・・・・・・・・・・・ああ、えっとほら、オレは夕食の準備も、な?あるし・・・・」
「・・・・・それでは忙しかろう。ならば俺が手伝ってやろうではないか。肉をミンチにするのは得意だぞ?」

そんな特技も手伝いもいらねー!!っと叫びだしたい気持ちを何とか矜持のために押し殺すものの、もう一週間はろくにカーマインに
触れていない、相当キテいる白い悪魔に魅入られた哀れな犠牲者はまたしても血の海に沈む事に決まってしまったようだ。
アーネストはクイ、と顎を捻ってカーマインに向こうへ行けと合図を送る。そしてゼノスは行かないでくれ、と視線でカーマインに
訴えかけてみた。それが通じたのか否か、カーマインは首を振る。それは置いていかれそうな子犬のような瞳で。

「・・・・・だったら俺も手伝う」
「お前はいい。少し休んできたらどうだ」
「・・・・・・・・いや、俺は」
「いい。必要ない、行け」

少しでも一緒にいたいと。そう告げようとするカーマインを遮るようにアーネストの無慈悲な声が被さる。それでもカーマインは
反発しようかと思ったが段々とアーネストの声に苛立ちが紛れてきているのを感じ、これ以上しつこくしたら嫌われる、と
唇を噛み、堪えようと思ったけれど胸がじりじり焼けるような感覚に、頭の血が沸々と煮られるような憤りを感じ、最後の抵抗に
手に持っていた本日の夕食の材料をゼノスの首根っこを掴みながら此方を見遣っている白銀の頭目掛けて勢いよく投げつけた。
ゴッと物凄い音が響く。ゼノスもアーネストも予想外の事に目を瞠る。当のカーマインは投げ終えてからハッとしたように
口元を押さえてごめんと呟くとたたーっとあらぬ方向へと逃げるように走り去っていった。

「・・・・・・・先に言っとくが、多分オレのせいじゃねえぞ?」

硬いじゃが芋と置いてきぼりを食らったアーネストをそろーりと振り返りつつ、ゼノスは告げるが目が合った白い悪魔の瞳は
血の色をより深め、しかも苛烈さを増す。口元ではついに酷薄な笑みすら消えた。ゼノスの方が笑う。あまりの恐ろしさに精神的に
おかしくなってしまったかのように。しかしそれはアーネストの機嫌を益々悪くさせる効果しかない。ギシリと掴まれた首が軋む。
殺られる、その四文字がゼノスの白くなりつつある脳裏を占める。そしてその予感が違えられる事はなく、本日二度目の
どちらかといえば八つ当たりに近い制裁による悲鳴が木霊した。





◆◇◆◇





「・・・・・・・・カーマイン」

皆から離れた寂しい丘の辺りに小さく蹲るように、背中で全てを拒絶するかのようなカーマインを見つけたアーネストはやや
吐息混じりの声を漏らした。ぴくり、とカーマインは肩を震わすが振り返りはしない。まあ、そう簡単にこちらは向かないだろうとは
半ばアーネストも予想していたが。一つ溜息を吐いて、いつの間にか増えた返り血を指先で拭う。何があったかは・・・・言及するに
及ばず、と言ったところか。チャリ、と腰の金鎖を鳴らし、片膝を着く。そっと労わるように細い背に手を掛けようとするが小さく
震えるそれに躊躇われる。もう一度息を吐き、声を掛けた。

「・・・・・・・・カーマイン」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・聞こえているのだろう。返事をしろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・カーマイン」

何度呼びかけても返事は返らない。それどころかカーマインは拒絶するように何度も首を振った。流石のアーネストもそれには
不愉快で目尻に深い皺を刻む。今度は遠慮などせず、カーマインの細く白い肩を掴んだ。強く自分の方に引き寄せ、倒れてきた
肢体を柔らかく受け止める。そうすればカーマインは顔を真っ赤にして俯いてしまった。何だというのだ、とアーネストは疑問を深め、
首を傾いだ。白銀が夕焼けに照らされ燃えるように紅い光を弾く。

「・・・・・・カーマイン、いい加減にしろ」
「・・・・・・・・・・んで、ここにいる・・・・・・」
「・・・・・・・・何?」
「アーネストはウェインやゼノスと一緒にいる方が楽しいんだろう?」

明らかに、拗ねているとしか思えぬ台詞が返ってきてその意外さにアーネストは瞬きする。微かに、カーマインの肩を掴む手の力を
緩めた。それから細い肢体を腕の中で反転させ、己と向き合わせる。カーマインの顔は上がらないがそれも仕方ないかと出来うる
限り眉間の皺を緩めて。そっと朱に染まる耳に唇を寄せて問う。

「・・・・・何を拗ねている」
「・・・・・・・・・拗ねてなんか・・・・・」
「俺が他の者といるのが嫌なんだろう・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」

きゅと桜色の唇が噛み締められる。それを指先で撫でて宥めつつ、アーネストは我知らず安堵の息を吐いていた。
漆黒の髪に指を滑らせ、やんわりと梳いていく。落ち着かせるように。そして微かに喉をクツクツと鳴らしながら、告げる。

「・・・・・・・知っているか、お前のそれを嫉妬というのだぞ?」
「・・・・・・・・・・・嫉妬・・・・・・・・?」
「そうだ。クルーズやラングレーに妬いたのだろう・・・・?そんなに構って欲しかったか・・・・?」
「・・・・・・・・・や・・・・・・・だ・・・・・・・」

諭すように、追い詰めるように何処か甘い声で囁いたアーネストの言葉にカーマインは首を振る。往生際が悪い、そう感じ
アーネストはまたしてもムッとする。しかし、自分よりも幼いカーマインに少しは気を静めてやって。何が嫌なのかを質す。

「嫌?何が嫌なんだ・・・・・?」
「だって、嫌だ。俺は、俺・・・・ぐちゃぐちゃで汚い」
「・・・・・・・・・・・?」
「誰かを、アーネストを好きだと思う気持ちは、綺麗じゃなくちゃいけないのに・・・・・すごくドロドロして汚いんだ」

そこまで聞いてアーネストはああ、何だと思う。カーマインは構わなかったというか邪魔があって構えなかった
自分を排しているのかと思いきや嫉妬という醜い感情に囚われた己を律しているようで。その感情は青くて純粋で愛おしい。
アーネストは抱く腕に力を込めた。それから言い聞かせるよう、出来るだけ優しい声で言う。

「馬鹿だな。愛だの恋だの・・・・・美しいものだと思うのは人間の幻想だ」
「・・・・・・・・・・・・え?」
「誰かを想うという感情は綺麗なばかりでない。時に何よりも醜くなる」

ふわりと邪気もなくアーネストが微笑めば、やっとカーマインは顔を上げた。そして目から鱗でも落ちたかのような呆然とした
顔つきをしていたかと思えば、また頬を朱に染め上げる。それから、僅かに躊躇するようにしておずおずとアーネストの首へと
腕を回す。縋るように、愛しむように。それを受けてアーネストは最後の言葉を吐く。

「・・・・・・醜くともよい。お前の想いが俺に向けられてるのであれば・・・・・それでいい」
「・・・・・・・・・・うん。アーネスト・・・・・・・」

耳元に囁かれる言葉にカーマインは何度も頷く。ぎゅうとアーネストの頭を強く抱きしめた。

「・・・・・今夜は、好きなだけ甘やかしてやろう」

カーマインの四肢を軽々と抱き上げ、アーネストは夜を匂わす嫣然とした微笑のまま、告げた。夕刻にうっすらと月が姿を現し、
二人をそっと、見下ろしている。それは何処か見守るように―――


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