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美しく、甘い香を放つ花には当然の如く虫が集う。
花弁の奥に眠る蜜を求めて。それはどうにもならず、本能に近い。
止めようがないのだ、習性であり、性なのだから。

しかし。
だからと言ってそれを許せるかと言えば答えはNO。
花の主は、局地的に心が狭かったのである。




篝火花







ローランディア王国の整備された煉瓦の路面を、白い長靴が迷いなく歩む。緋色の長い裾が舞った。
鳥が歌い、花が香り、色鮮やかな民家が立ち並ぶこの国は、隣国のバーンシュタインとは異なり、自由が漂い、
何よりも華やかだ。そのせいで国民は警戒心が薄く、平和惚けしているが。それでも争う事なく伸びやかなのは
羨ましい限りだと軍事国家の重鎮である青年は小さく息を吐いた。彼の後ろからついてくる部下も自国とは違った
雰囲気を醸し出す町並みに目を奪われている。その浮ついた心を叱咤しようかとも思ったが、他国でそのような
醜態を晒すのもかなり見苦しい。そう思い男は今のところは大目に見る事にし、王城を目指して足を進める。

「・・・・・・・お前たちはここまででいい。戻れ」

城門間近に迫って、男は部下を下がらせた。いくら友好国といえど武器を所持した他国人が何人も足を踏み入れる
わけにはいかないし、彼らには王城に入れるほどの身分がないというのもある。ローランディアは豊かで自由な国だが、
決して身分差がないわけではなかった。それに基本的には気安いが、得体の知れぬ者はとことん嫌う。その中に以前まで
含まれていたある人物を思い出し、男は真紅の双眸を若干細める。つい最近まで魔物と忌み嫌われていながら
今ではその名を知らぬ者などいないほどに高名な英雄へと昇り詰めた、いや英雄にさせられた青年を思って―――

「・・・・・・・・・・・勝手な奴ばかりだ」

まあ、勝手なのは自分も同じか、とフンと鼻を鳴らし、男は何度も訪れている歴史ある王城の城門を潜った。
それから、与えられた職務―書簡を新たに即位したコーネリウス王へと提出する事―を終えると、後は引き上げる
だけなのだが、男はついでなので城内である人物を探し出す。執務室で缶詰になっていてくれれば探しやすいが、
彼は外交にも忙しい身分だ。ひょっとすれば仕事で城を空けているかも知れない。それならば、わざわざ待ったりせず
まっすぐ帰国しようと思っていたのだが、見つけた。流石によく目立つ。彼はまだ此方に気づいていないようだが
声を掛けるのも癪だったので男は無言で歩み寄った。しかし。

「おい、カーマイン!」
「!」

男が呼ばなかった代わりに青年―カーマインは別の人物に呼び止められた。その人物は黒のレザー服を纏った
巨漢で目には紅く光るこの世に唯一つの義眼、右腕には金色の義手。ある意味でカーマイン以上に目立つ、
ローランディアきっての武将、ウォレス将軍。その昔は男と同じくインペリアルナイトに就任出来るだけの腕前を誇った
という偉人だ。今もその腕前は衰えていないらしい。恐れ入る事だ、と感嘆の念を抱きながらも、カーマインと何やら
話し始めてしまった彼に男は微かに眉間を顰めた。別に此方が遠慮せずとも普通に話しかければいいのかも
しれないが、急に割って入っては多少失礼が生じるであろうし、最悪余裕のない男に取られるかも知れない。
それは御免だと男は静かにその場に留まった。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

憮然と腕を組みつつ、ウォレスがカーマインと分かれるのを待っていたのだが、中々二人は離れない。
それ以前に数十メートル離れた所に立っているとはいえ、これだけじっと視線を送っているのに気づきもしないとは、と
男は徐々に不満を露にしだした。もし、カーマインと一緒にいるのがウォレスでなければ矜持を捨ててでも邪魔を
しに行くのに、と軽く舌打ちする。男は我慢には長けていたが、こういった色事が絡む場合は途端に自制心が
脆くなる。それが自分らしくなくて、余計に苛立つ要因になっていた。暫く悩んで、男はこうして待ち続けているのも
馬鹿らしい、と思うようになり、一つ溜息を吐いて踵を返そうとしたのだが。

「あ、アーネスト?」

漸く男の存在に気づいたらしいカーマインに声を掛けられ、もう心は帰る気になっていたため、やや緩慢な動作で
振り返る。手招きをされたので、内心でお前から来い、などと不遜な事を思った男―アーネストは仕方なくそちらへと
足を踏み出す。紅蓮の裾がまた空に靡いた。毅然と背を伸ばし、慌てる事なくゆったりとした足取りでカーマインと
ウォレスの元へやって来たアーネストはカーマインを一瞥してから、礼儀に基づいて年長者のウォレスに軽く会釈した。

「・・・・・・ご無沙汰しております、ウォレス将軍」
「何だ、そんなに畏まる事ねえよ。大体身分で言えば公爵のお前さんの方が断然上だろう」
「・・・・・・・・・いえ、身分に礼節を捧げているわけではありませんので」

少しムスッとした様子でアーネストはウォレスに返す。上流階級に生まれたアーネストはそれだけ慇懃な礼儀を厳しく
躾けられてはいたものの、自分が認めた人間でなければ例え自分よりも身分の高い者にでさえ、頭を下げはしない。
つまり自分よりも身分が低いウォレスに頭を下げたという事はプライド高い彼がウォレスをそれだけ認めている、という事だ。
しかし、どれだけ認めていても、アーネストはウォレスをあまり快くは思っていなかった。それは色めいた仲の自分の前でも
そんなに甘えた態度を見せないカーマインが、ウォレスには実の子のように時にべったりと甘えているのを度々目にする
からだ。他人に言わせればそれは単なる嫉妬に他ならないが、先から述べている通りアーネストは自尊心が人一倍強いので
そう簡単にそうとは認めない。ただ、生理的に気に喰わない相手、とだけ認識していた。内心で顔を顰めるアーネストに
今まで蚊帳の外の存在だったカーマインが声を掛けた。

「あ、アーネスト。・・・・・・仕事で来たのか?」
「・・・・・・・・それ以外に何があると?」

カーマインが何を期待しているか知っていて、アーネストはそっけなく返事をする。二人きりならばもう少しくらい
愛想を見せたかもしれないが、苦手なウォレスの前だ。あまり、そういった甘い感情を出したくはなかったらしい。
そんな事とは露も知らぬカーマインは少しだけ眉根を寄せて、しかしすぐに人当たりのいい笑顔を取り戻す。

「そうか、今から帰りか?」
「・・・・・・・・・ああ」
「少し、寄ってけるか?」

期待の眼差しで見上げられる。微かに子供っぽい表情。それは珍しくて惹かれそうになったアーネストだったが、恐らく
その表情を引き出したのは己ではない。父のように慕っているウォレスが隣に立っているから、きっとそんな表情をするので
あろう。そうと気づいたアーネストは感情を隠すのが上手い彼にしては随分と露骨に仏頂面を垣間見せた。それを自分の
質問に対する態度だと勘違いしてカーマインは先ほど以上に何処か憂いを面に乗せる。

「・・・・・・・あ、悪い。忙しい・・・・・のか」
「・・・・・・・・・・・・・・・何?」
「ごめん。俺・・・・・君の都合も考えないで・・・・・・」

徐々に萎んでいく声に流石にアーネストは罪悪感を覚えた。例え、カーマインが一方的に勘違いをしているのだと
知っていても。何とか慰めようと手を伸ばしかけた時、ウォレスが割って入った。

「おい、ライエル。ちぃとばかしコイツに冷たくねえか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

今まさに慰めようとした瞬間に窘められた。しかも自分があまりよく思っていない人間にだ。当然、アーネストの機嫌は
悪くなる一方で。半ば不貞腐れたようにアーネストは顔を逸らす。それを見たカーマインは更に申し訳なさそうに身を
縮込ませる。傍から見ればまるで小動物のようだ。

「あ、ウォレス・・・・俺が悪いんだ。アーネストが忙しいの知ってるのに・・・・・」
「だが、お前・・・・・・・」
「いいんだ。アーネスト、引き止めて悪かった。もし、時間があればお茶にでも付き合ってもらおうと思ったんだが・・・・・」

忙しいのならウォレスに来てもらうよ、と少し残念そうにはにかまれてアーネストは内心気が気でない。
自分と過ごす予定の時間を他の男に取られるなんてまっぴら御免だ。そうは思うものの、忙しいと勘違いされてるのに
無理に今更平気だと言うのも随分と格好悪い。取るに足りないプライドがアーネストを束縛する。悩んでいる間に
カーマインの言葉に「そうか」と呟いたウォレスがカーマインの細い肩に腕を回し、踵を返そうとしているのが目に入って
ちり、と胸の奥が焼ける音がするのを彼は聞いた。

「・・・・・・待て」

気づいた時にはアーネストはカーマインの肩に回ったよく日に焼けた逞しい腕を払いのけ、カーマインを自分の方へと
その細身の身体に大きく掛かるであろう負荷を考えもせずに力尽くで引き寄せていた。それを弾かれるように振り返って
見咎めるウォレスと視線が合い、アーネストは知らず不敵に笑う。ウォレスが此方を見ているのを承知で、アーネストは
自分の胸へと背からぶつかって来たカーマインの顎を背後から掬い取り、無理やり上向かせると吐息ごと飲み込むように、
柔らかな唇を塞いだ。突然の事に、しかもウォレスが見ている前で強引に口付けられて、カーマインはぴったりと
合わさった唇から声にもならない呻きを上げる。

「ん、・・・・んー、んんぅ・・・・・!!」

しかし、随分と無理のある体勢のせいでろくに抵抗が出来ない。身体を沈ませないようにするので手一杯だった。
それどころか、アーネストの舌が唇をなぞったかと思えば、すぐさま歯列を割ってカーマインの口腔へと侵入してくる。
そのまま口内に忍び込んだ熱い舌がカーマインの逃げ惑うそれを捉えて離さず、時折強く吸われ、カーマインは
なすすべもなく、翻弄されてしまう。やっと息継ぎのために解放されたカーマインは既に呼吸困難に陥っていた。
それには特に気を留めず、呆然と二人を見ているウォレスに向かってアーネストは滅多に浮かべぬ笑み、それも
極上の愛想笑いを形作ると、息を整えているカーマインを肩に背負い込み、告げた。

「こういう事ですので、私はそろそろ失礼させて頂きます」
「・・・・・なっ・・・・・ちょ、アー、ネ・・・・・・・・・」

アーネストの肩の上でカーマインが抗議しようとしているが、未だに息が乱れているようで言葉らしい言葉にならない。
その隙にさっさと言いたい事は言っておこうと反応を返せずにいるウォレスにアーネストは更に言葉を続ける。

「コレは私のですから、責任持って世話致します。ですので将軍は気にせずお戻り下さい」

更ににこにこと微笑むアーネストに底知れぬ恐怖を感じて流石のウォレスもコクリと頷く事しか出来なかった。
そしていらぬ火の粉を飛ばされる前に、とカーマインに「頑張れよ」とよく意味の分からぬ言葉を残してさっさと踵を返し、
回廊の奥へと去って行ってしまった。二人きりになるとアーネストは顔に貼り付けた笑みを取り払う。
そして頬を真っ赤に染めた自分の上にあるカーマインの白皙の面を見遣る。目が合った瞬間、カーマインが大声で怒鳴った。

「ア、アーネスト!!何て事するんだ・・・・・!!」
「・・・・・・・何って、キスをしただけだろう?」
「しただけって・・・・・ウォレスが見てたのに!!」
「・・・・・・・・・・・そんな事、構うものか」

フンと鼻で笑い飛ばしてアーネストは羞恥でか、酸欠でか、怒りでかは判別しがたいが耳まで赤くなったカーマインに
からかうように再び口付け、反抗的な目で睨みつけてくる彼に薄く微笑う。

「・・・・・・先に見せ付けてきたのはお前の方だぞ、カーマイン」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

言われた事が本気で分からないらしく、カーマインは大きく首を傾げた。それにわざわざ説明してやるほどアーネストは
お人好しではない。カーマインの疑問は無視して、色違いの眼差しへと手を翳す。

「お前の瞳が追ってもいいのは、この俺だけだ」
「・・・・・・・・・・・・アーネスト?」
「・・・・・・余所見をするくらいなら、潰してやろうか・・・・・?」

スッと、瞼を撫でる。アーネストの口元は酷薄に歪んでいた。狂気を感じさせるその表情にカーマインは彼のあまりに不器用な
愛情を見出して。切なげにその歪んだ表情を見下ろす。そっと、彼の冷たい頬へと細い指先を触れさせた。

「・・・・・・アーネスト・・・・。君が何の事を言ってるのか・・・・よく分からないけれど、それで君の気が済むなら、いいよ?」
「・・・・・・・・・何だと・・・・・・・・・・?」
「いいよ、目を潰されても、身体があれば君の事を感じ取れる。耳があれば、君の声を拾える。だから、いいよ・・・?」

目くらい無くなったって構わないと。穏やかに告げるカーマインにアーネストは絶句した。指先に微かながら震えが
混じる。アーネストはじっとカーマインを見上げたが、彼のとても安らかな表情は恐怖に移り変わる事なく、そのまま
優しく笑んでいて。胸の何処かが軋んだ音を立てるのを感じた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

アーネストは何とも言えぬ表情を浮かべるとカーマインの小作りな顔を片手で掴み、自分に引き寄せると、
驚いたように目を見張る彼の色違いの眦に唇を寄せ、ねっとりと舌を這わせる。初めに左、次に右と両方の瞼を
舐ると顔を鷲掴んでいた手を外し、微かに、何の悪意もない柔らかな笑みを浮かべた。

「気が変わった。・・・・・・その眼差しが俺だけに行くように、呪いをかけた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・!」
「だから、ずっと俺だけを見ていろ」

次からの余所見は許さん、と一言漏らすと、アーネストはカーマインを抱えて彼の部屋へと向かう。
慌てたのはカーマインだ。

「ちょ、アーネスト!?何処に・・・・・・・!?」
「・・・・・・・?何だ、茶に付き合って欲しいだとか言っていただろう・・・・?」
「え、あ、何だ・・・・・そ、そうか・・・・・・・・・」

ほーっと息を吐くカーマインにアーネストは一瞬意味が分からず眉根を寄せたが、今までのやりとりできっとカーマインが
また勘違いをしたのだろうと思い至る。口の端を上げた。

「・・・・・何だ、何をすると思っていたんだ、カーマイン?」
「え、な、・・・・・何って・・・・・・・」

落ち着きかけていた白い頬をまた物凄い勢いで染め上げていくカーマインにアーネストは自分の予想が外れていない
事に気づく。まあ、いつもの行動パターンを思えば、そういう風に取っても仕方ないだろうとは思いつつ、人の肩の上で
あわあわと落ち着きないカーマインにアーネストはトドメを放つ。

「何かよからぬ事を考えたのではないか?何、お前がその気ならそうしてやろうか・・・・?」
「よ、よからぬ事って・・・・・そ、それにその気って何の事・・・・・・」
「いつものように、寝所で可愛がってやっても構わないと言っている」

綺麗に微笑みながら言われた言葉にカーマインは先ほど以上に顔を真っ赤にし、言葉にならない妙な声を
上げている。アーネストはそれを見てクツクツと咽喉を鳴らして笑い声を立てた。

「な、俺をからかったのか、アーネスト!!」
「からかう?何の事だ。俺はただ寝所で可愛がると言っただけだ。具体的な事は何も言っていないが?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ///////」
「そんなにシて欲しいのならもっと上手く誘ったらどうだ・・・・・?」
「な、ち、違う!!わ、笑うなアーネストー!!」

大声で喚き続けるカーマインにアーネストはひたすら笑い続け、そのままカーマインの最初の要望通りに素直に
お茶に付き合ってやる事にした。その後に何かがあったかどうか聞くのは・・・・・野暮というものだろう。ただローランディア城の
一室で恐怖とは違った悲鳴が木霊していた事だけ明言しておく事にする。





fin



篝火花、とはシクラメンの事です。花言葉は「内気、はにかみ屋、嫉妬」です。
一応嫉妬をメインの意味にしていますが、カーマインははにかみ屋でもいけるかもしれませんね。
というか、もう黒アニーさん、独占欲がつっよいですねー。白アニーとはちょっとその方向性が
違うというか白アニーは嫉妬しててもカーマインに当たらないんですね。相手を殺りに行きます(性質悪い)
そして何気にウォレスさん貧乏くじ。目の前で見せ付けられてしまいました。
影で自室に篭もって泣いてればいいと思います(ここにアニーを上回る黒い奴が・・・・!)
表作品なのに既に露骨な表現があってすみませ・・・・・・破廉恥サイトかここは(涙)

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